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なんとなく。
胸の奥のほうにあった蟠りが。
少しずつ、解けて行く様な。
そんな感覚。
蓮との通話が終わると、九条先輩は心配そうに此方へ視線を向けていた。
九条先輩と視線を合わせる。
ハニーブラウンの瞳と視線が絡み合う。
その綺麗な瞳に吸い込まれてしまうんじゃないかと。
そんな錯覚さえ覚える。
「凛ちゃん、大丈夫?」
「…はい。隣に貴方がいてくれたので」
「…その台詞は、もしかしなくても天然?」
「はあ」
「やっぱり、凛ちゃんには敵わないや。勘違いしそうになる」
九条先輩の言葉に、俺は疑問を抱き首を傾げる。
一体何を。
勘違いするのだろうか。
張本人である九条先輩は、困ったように小さな溜息を吐いている。
何か。
余計なことを、口走ってしまったのだろうか。
気分が瞬く間に急降下していくのをひしひしと感じた。
「凛ちゃん、眉間に皺寄ってる」
「…」
「凛ちゃんが、何か悪いことを言ったとかじゃないから。凛ちゃんは、そのままの凛ちゃんで居て欲しいなって思っただけ」
「…はあ」
「凛ちゃんの魅惑に、いつまで耐えられるか心配だけど」
そう言って、九条先輩は困ったような表情を浮かべた後。
煙草を一本取り出し、咥え火をつける。
JPSの、独特な香りが広まる。
大人の香り。
俺も、以前1本拝借して、燻らせてはみたものの、
俺には少し背伸びし過ぎているような気がした。
きっと。
この煙草は、九条先輩だからこそ様になるのかもしれないと。
九条先輩につられて、煙草に火をつける。
部屋中にJSPの香りとメビウスの香りが交じり合う。
絡み合った香りが、部屋中を漂う。
落ち着く香り。
「俺…、春が俺を想ってくれている気持ちに少し前から気づいてたんです。でも、春の事を心配するふりをして、結局逃げていた。自分でも、最低な奴だなと…結果的に、春を傷つけた」
「凛ちゃんは、最低な奴なんかじゃないよ。今までみたいに適当に付き合ったりしなかったのは、春ちゃんを思ってのことだろ?凛ちゃんが、それほど春ちゃんを大切に思ってるって事なんだから。」
「…でも、もし春に想いを直接言葉にされていたら、俺は正直、断れたかどうか分かりません。…春は大切な友人だから、失ってしまうのが怖かったんだと思います。春には、幸せになってほしい。勿論、蓮も那智も九条先輩も」
「…うん、凛ちゃんは根が優しいんだよ。本当に。自分の幸せには無頓着なくせに、他人の幸せをこれでもかって程、願えるのは、物凄く凄いことだと思う」
九条先輩は、言葉を紡いで。
煙を吐き出す。
俺が優しいなんて…そんな事は、有り得ない事で。
やはり。
九条先輩は、俺のことを買被り過ぎている。
この人こそが本当に優しい人間なのだ。
こんな俺を、いつも優しく包み込んでくれる。
丁寧に。
まるで、壊れ物を扱うかのように。
俺は、その優しさに。
いつの間にか甘えてしまっている。
「俺ここの所、凛ちゃんと一緒にいる機会が多かったからか、里見の事は、きっぱりと吹っ切れたんだ。凛ちゃんの御蔭」
「俺は、何もしていませんよ」
「一緒に、こうして煙草を燻らせて傍にいてくれることが何より癒されたんだと思う」
「…」
「あの日、屋上に行って良かった。御蔭で俺は、今こうして笑っていられるから。凛ちゃん、ありがとね」
そう言って、微笑む九条先輩はとても綺麗で。
眩しかった。
九条先輩が、あの人の事を吹っ切れたと。
そう、言ったとき。
何故か、胸が一際大きく高鳴った気がした。
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