。+Ephemeral light+。

8/12
前へ
/137ページ
次へ
後ろから。 ギュッと抱きしめられることなど、普段ならば有り得ないことで。 少しの戸惑いと。 残るは、恥ずかしさと心地よさ。 視線を目の前のテーブルへと落とし、平常心を取り戻そうと。 煙草を手に取る。 火をつけ、吸い込む。 吸い込んだ煙が、身体の中に浸透していく。 ゆっくりと。 平常心を取り戻せていくような気がする。 「凛ちゃん。俺にも一口くれませんか?」 「…吸いかけですけど」 「それがいいんですよ」 「…はあ」 「あれ?俺、いま変態じみたこと言ったかも」 そう言って九条先輩は、俺の吸いかけの煙草に唇を寄せ、咥える。 間接キス…に、なるのだろうか。 なんだか、恥ずかしくて。 戸惑う。 間接キスは、初めてでもないし。 そんな、初心な人間でもないのに。 …九条先輩だから、なのだろうか。 「…たまには、違う煙草もいいね」 「…そうですか?」 「うん。JSPって美味しいけど、たまに違う煙草も味わいたくなるんですよ」 「はあ」 「あー…なんか。俺、今とてつもなく幸せ者かも」 俺を抱きしめる力が、少し強まる。 安心する、暖かい体温。 優しい温もり。 俺の耳に触れそうな距離にある唇から、漏れる吐息が耳を擽る。 「…もし、また今日みたいな事があったら、すぐに俺に連絡して?ワン切りでも何でもいいから。最悪、大声で俺の名前呼んでくれれば」 「大声で呼んでも気付いてくれるんですか?」 「絶対に気づくよ。直ぐに駆けつける」 「…はい」 今日みたいな出来事が、もう無いとは限らない。 そんな事を心配をしていた俺の心を九条先輩は、察してくれていたのだろうか。 彼からの言葉が嬉しくて、胸が高鳴る。 触れている部分が、熱い。 「そろそろ、お風呂にでも入りますか」 「そうですね」 「…一緒に入る?」 「…はあ」 「凛ちゃん…そこは否定してくださいよ」 そう言って九条先輩は、困ったような顔をして苦笑いを浮かべた。 どうやら。 一緒に入るというのは、冗談だったらしい。 お風呂に入る為、九条先輩がゆっくりと俺から離れる。 徐々に失われていく優しい体温。 なんだか。 …寂しい。 もっと触れていたかった。 そんな事を思ってしまう俺は、欲張りなのかもしれない。 「先に入る?」 「いえ、お先にどうぞ」 「ありがとう」 そう言って九条先輩は、バスルームへと足を運ぶ。 俺は一人、ソファーに腰かけながら吸いかけの煙草を燻らす。 ふ、と。 先程、蓮に言われた言葉の意味を探る。 …自分に正直に、か。 もしかしたら、と。 思い当たる節は、無くもない。 …でも。 俺は、それを認めてしまう事が…怖い。 結局。 俺は、臆病で弱い人間なんだと。 煙草の吸殻を灰皿に押し付けながら。 小さく溜息を吐いた。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

778人が本棚に入れています
本棚に追加