天の川を壊せるか

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 マフラーを忘れて映画館を出たあの日から、今年で十年。  初めて会った時は大学生だった花音も、数年前に「結婚したんです」とティファニーの指輪を見せて。去年は子供の写真も見せてくれた。幸せそうな家族写真に少しだけ嫉妬して、友人の幸せそうな暮らしに安堵した。自棄になっていた私は「私の分も幸せになってくれ」と願ったっけ。  私は程々に恋愛をして、程々に痛い目にあって、気ままな独り身を謳歌することに決めた。代わりに、会社ではそれなりの立場に上り詰めた。年齢と性別を考えれば我ながら十分すぎる出世だ。 「よし、終わり」  やり残しがないことを確認して、パソコンの電源を落とす。上司がさっさと帰らなければ部下が帰りづらい。今までの経験則から弾き出した持論により、できる限りのコミュニケーションと定時退社を心がけている。  その甲斐あって、今晩この部屋に残っているのは有給前日のため少し残業していた私だけ。映画というご褒美のためにちょっとがんばった。  九年前のあの日。初めて一緒にご飯を食べた日に天使が予想した通り、映画に登場するキャラクターは順々にとは行かなかった。明日公開の今年の映画は花音の推しがメインだ。彼が単独でメインを張るのは実に十年ぶり。  去年、待ち合わせ場所に現れた彼女は目を腫らしていた。映画ラストに入った予告が泣くほど嬉しかったらしい。  これだけ月日が経っても、私たちは連絡先を知らない。  一年に一度、好きな映画の公開日にだけ会える不思議な友人。それで良かった。  季節が反転した七夕伝説みたい、とは花音の言葉。冬も天の川は見えると豆知識を伝えれば「じゃあ、冬の七夕伝説だね!」なんてはしゃいで。まぁ「どっちが彦星でどっちが織姫?」と会話を続けた私も私だけど。  私たちの天の川に橋を架けるのは簡単だ。七夕伝説と違って、連絡先を交換すればいつでも会える。それでも私たちは天の川を守り続けた。  ふたりとも、この奇妙な関係に魅入られてしまっていたんだ。
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