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仄暗い部屋の中、白い光を放つパソコン、散らばったゲーム機器、ジュースの空き缶、お菓子の袋、ごちゃごちゃした俺の部屋。ここから出なくなって一年が過ぎた。両親も初めはここから引きずりだそうとあれこれ試していたが、最近は諦めたようだ。あるいは無理強いは余計に症状を悪化させるなどとネットかなんかの情報を真に受けての事か。どちらでも良い。俺もここから出る理由はない。ある一つの目的を除いては。
俺が起こしてしまった事件のせいで一年前に高校を退学になった。
一ノ瀬蓮。19歳。現在、引きこもり。
両親、ごめんなさい。こんな息子産まなきゃよかったね。早く死んで楽にさせてあげたいよ。俺、童貞捨てたら死ぬからそれまでスネをかじらせてください。
そして俺はゲイである。女性を性の対象として見たことがない。ゲイのマッチングアプリにも登録しているが、引きこもってからの一年間、童貞を捨てられそうな相手と出会う事はなかった。
スマホで、マッチングアプリのアイコンをタップする。メッセージが一件、来ていた。
「蓮さんこんばんは。プロフィール見させていだきました。良かったら返信していただけますか?」19歳、ネコ。ミカ。
同じ歳。顔写真の添付はない。
ひとまず、返信をする。
「ミカさんメッセージありがとうございます。こちらこそ宜しくお願いします」
我ながら愛想のないメッセージ。
マッチングの成立の表示がある。
ここまではよくある。だが、コミュ障の俺はこの先の長いメールのやりとりが上手くできないのだ。 頑張ろう。
童貞を捨てたら、死ねる。セックスは死ぬ為の通過儀礼だ。俺が童貞でなければ一年前に迷わず死んでいただろう。
[楽に死ぬ方法]を検索する。
すると自殺110番が最初にヒットする。
そうだね、自殺は駄目だよね。正しい事だ。
正しく生きたかったけど俺は脱落した。いきている事が、辛い人に生きろって言うのは、元気な人の傲慢な押し付けじゃないだろうか。社会のふるいにかけられ落とされた俺は社会の害虫だ。
引きこもってから、食べ物の味がしなくなった。食事はただ生命を維持するためだけの行為になった。変化はそれだけじゃない。
誰も、いない俺の部屋に男の声が聞こえるようになった。嘲笑うような小声だったその声は段々はっきりした声色で俺に命令をはじめた。
「お前なんか死んじゃえ」
耳をふさいでも直接頭に話しかけてくる。声が侵入してくる。
「気持ちわるいんだよ」
手拍子しながら、世界中の人からそう言っている。どんどん声が大きくなる。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
「分かってるから少し待って!!」
声がやんだ。体中が生汗でべっとりしていた。
気分が悪い。深呼吸で胸に溜まった悪い物を吐き出す。
スマホのマッチングアプリの着信を伝える表示があった。
「蓮さん返信ありがとうございます。俺は最近彼氏と別れました。3年間一緒にいたのに辛すぎます。死にたいって生まれて初めて思いました。もしよければお友達になっていただけませんか?ミカ」
彼氏いたのかよ。リア充だよこの人。とりあえず返信しよう。
「ミカさん返信ありがとうございます。死にたくなるほどその彼氏の事か好きだったんですね。こんな、俺で良ければ友達になって下さい」
送信。
あれっ?お友達作る?俺は死ぬ前に一発やらせてくれる相手を探してるはずだ。お友達作ってどうする。このミカさんて人がそんなワンナイトスタンドするとは考えにくいし。
また着信の表示。早いな。
「蓮さんありがとうございます。大学生ですか?俺は美容学校行きながら、夜はバイトしてます。一人暮らししてるから料理もできますよ」
同類の匂いがまったくしない。やはりリア充だ。俺なんかと絶対にワンナイトするタイプじゃない。こういうリア充はなんの苦労もしたことがないくせに正論を振りかざして俺達引きこもりを迫害する非常にたちの悪い連中だ。本当の事言って嫌われよう。
「俺は学校やめて一年間、引きこもりやってます。このサイトしてるのは死ぬ前に童貞をすてる為です。童貞捨てたら死ぬのでやっぱりミカさんの友達にはなれません。ごめんなさい」
送信。
引きこもりで童貞の自殺志願者なんてまっびらだろ。時間の無駄だったと思っているだろう。
メール着信の表示。えっ!まだ何か?
「本当の事、話してくれて嬉しいです。でもやっぱりお友達になって頂けませんか?童貞捨てるなら俺がお相手になりますよ。まず会ってみませんか?」
なっなんなの?この人?
俺がお相手って?ヤラせてくれるってこと?ビッチなのかな?
でも、これが本当なら俺は童貞を捨て、やっと死ねる事になる。死ねばあの声も聞こえなくなる。これでやっとお菓子のおまけみたいなつまらない残りの人生を終えられるのだ。
心配だが、色々考えても始まらない。俺は腹をくくった。この人に会ってみよう。
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