見上げて見つめた人

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見上げて見つめた人

「りょー君、一回行ったことあるでしょ!○△町の集荷、たのむよ!」  「いや、無理っす!あっこは絶対に無理っすよ!」 「人が足りないんだよぉ〜たのんだよ〜!」  じゃあテメーが行けよ! 「はっ?はぁ?」  社長はそう言って電話を一方的に切った。  死ねっ!くそ社長!ブラック企業が!  仕事じゃなかったら、あんなジジィ、ボコしてやんのによぉ!  だけど、バイク代をリンに返さないといけない。  ちっきしょっ!  死ぬほど、憂鬱だった。 「スピード便です。集荷に伺いました」    俺は渋々、あの客の家を訪ねた。 「どうぞ。お入りください」   あの男の声だ。  玄関に入り、集荷物を待つ。  怖い。  何が?  わからない。  あの男が、出てきた。白色の和服を着ている。 「すみません、ご相談がありまして。運んで頂く物が、少々大きめの物で、採寸していただけますか?」  男は、そう言った。  紳士で、物腰が柔らかい。男の様子に不審な所はない。大丈夫だ。  室内に入る様に促された。 「どうされました?」 「いえ。お邪魔します」  ドアが不吉な音をたてて閉まった。  男がゆっくりこちらに翻る。 「大きくなったね、りょう」  りょう?何で名前知ってんだ! 「誰だよ、あんた」  その顔は玄関先で、対応した柔和な男の顔ではなかった。血の色みたいなあの唇が、口角をあげてにっこり笑った。  「りょう。解くよ」  解くって? 「やっやめろ!」   俺だけが全て忘れていて、この男は全てを知っている。  来るんじゃなかった。罠だ。  逃げなきゃ。  男は指をパチンと鳴らした。  それが何かの合図だった事は明確だった。  墜落していくような凄まじい変化が自分に起きているのを感じた。決壊した河川の濁流のように凄まじいスピードで脳裏に記憶が流れこんでくる。  そして断片的な記憶の欠片が徐々に、納まる所に納まっていく。  やっぱり、俺は、この人を知っていた。    あの行方不明になった一ヶ月間、ここで俺は、過ごしたんだ。  他にも子供が何人かいて一緒に過ごした。  みんな、あの人から一番に愛されたがった。    みんな可愛い顔の少年だった。  見上げて見つめた灰色の瞳と紅い唇。  「りょう。大きくなったね」  「…………」   「キリュウさん」  俺の口からあの人の名がこぼれ落ちた。 「思い出した?」  「すまない、りょう。記憶を隠す施術を君に行ったんだ。君がここを出る前に」  「どうして、そんな事を?」 「お前が苦しむと思ったからだよ」  俺は、忘れていた方が苦しかった。 「桐生さん、あの子供達はどこに行ったんですか?」  「今はもういないんだ」   桐生さんは、寂しそうに笑った。  聞いてはいけない事だったのかも知れない。 「りょう、君をこの前、見つけた時は本当に嬉しかった」   桐生さんはそう言って頭を撫でてくれた。   こうやって昔も可愛がってくれた。 「俺もまた桐生さんに会えて嬉しいです」  桐生さんは現在、カメラマンをしているそうだ。部屋に撮った写真が数点飾ってある。  ポートレートばかり。 「プロのモデルの子達だよ」   俺が写真を熱心にみていると桐生さんが言った。確かに美男美女の写真ばかりだ。  桐生さんは昔と変わらず慈しみ深く俺を腕の中に包み込んでくれた。ゆっくりと記憶が戻ってきた。  この20畳くらいある部屋は昔は子供達が集まるリビングだった。ここで、桐生さんと女性の世話人がいて集団生活をしていた。 「私は法人経営よりがフリーできる仕事の方が性にあっていたんだろうね。気ままに撮った写真が案外、評価されたんだ。若い頃は、未来の子供達の為、環境の為、世界平和の為に宗教法人を運営していたけど理想だけじゃ運営は上手くいかない。まぁそれでりょうやかわいい子供達に会えたんだけど」  桐生さんは灰色の瞳を細めて懐かしげそう言った。  他の人間とはまるで考える事のスケールが違う。桐生さんの近くに居れば俺も、もう少しマシな人間になれるかもしれない。なんの価値もない俺にも生きる意味が見つかるかもしれない。 「俺、また桐生さんの側に居たいです」  「もちろんだよ、りょう。そうだ、今度君の写真を撮らせてくれないか?」 「俺のですか?」 「そうだよ。りょうは本当に綺麗になったね。りょうなら美しいモデルになれるよ。写真集を出そう」 「おっ俺なんか無理です」  慌ててそう言った。 「大丈夫。綺麗に撮ってあげるよ」  桐生さんは信頼できる口調で言い切った。  写真集ってそんな簡単に出せるものなんだろうか?  桐生さんにレンズ越しに見られるってどんな感じだろう。 「お願いします」  「またおいで、りょう」  
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