特別な子供

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特別な子供

「リンって歳いくつ?」  飯を作ってるリンに聞いた。  「35だよ。りょーちゃんが僕に興味持ってくれるなんて嬉しいなぁ」  唐揚げを揚げながら器用にキャベツを刻んでいる。 「んなんじゃねーよ!ジジィ」 「なんかいい事あったの?嬉しそう」 「ねーよ。飯まだ?」 「もうすぐだよ、待っててね」  桐生さんとリンは同じ歳だった。    リンの奴だせーの。男のくせにエプロンとかつけんじゃねーよ。お母さんかよ。  そーいや、俺の母さんは唐揚げなんか作った事なかったな。食事はスーパーの惣菜か、カップ麺ばっかり。うちはお金がないから仕方ないでしょってよく言ってた。そのくせ、化粧だの服だのバックなんかは家に入りきれない程あった。世話なんてしてもらった事もない。兄貴達から当たり前みたいに暴力を振るわれていたのに助けてもくれなかった。  桐生さんは、俺が泣いて街を彷徨っている時に、あの家に連れて行ってくれた。  温かい飯を作って風呂に入れてくれた。一緒に寝てくれた。俺は誕生日ケーキすら一度も買ってもらった事がない。桐生さんは俺の誕生日の日にケーキを買ってきて寝屋で二人きりでお祝いしてくれた。あの家には当時、10人くらいの子供がいた。あの家から学校に行き帰ってくる。一年生から中学生位までの全員、男の子だったと思う。みんな桐生さんを独り占めしたがった。桐生さんは子供達の中で絶対的な存在で、尊敬と畏怖を一身によせられていた。  その日、俺は誕生日だった。  桐生さんに後で寝屋においで、お祝いしよう二人だけの秘密だよと誘われた。  ロウソクの火を吹き消してからも部屋の灯りは間接照明だけだった。 「りょう、お誕生日おめでとう」  ベッドの上で抱きすくめられた。  俺は、桐生さんの特別な子供になれた。他の子達より可愛がられている。そう思うと優越感で心が満たされた。家で母さんも兄貴達も誕生日を祝ってくれた事なんてなかった。みそっかすだったこの俺を桐生さんは選んでくれた。 「りょう、こんなのはどう?」  桐生さんはケーキのクリームを指ですくい俺の唇に塗った。  それから先は不自然な位、よく覚えていない。 「りょうちゃん。どーしたの?」  食卓にはもう飯が並んでいた。 「はっ!なんだよ」 「ご飯できたよ、食べないの?仕事がきついの?」  リンはすぐに心配する。なんだよ。うぜーな。  「食うよ、っせーな」   リンに八つ当たりしながら唐揚げを頬張った。 「りょうちゃんの誕生日、もうすぐだね。どっか行く?」 「なんでお前とどっか行かなきゃいけないんだよ!」 「誕生日だよ!年に一度だけだよ!」  だから何なんだよ。俺は、テメェの家族でも恋人でもねーぞと思った。リンがあんまり真剣に言うから言えなかった。  なんでこんな奴と誕生日過ごさなきゃなんねーんだよ。  「お祝いさせてよ!」 「別にいーけど」   「りょうちゃん、いい匂い」  風呂に入ってからベッドに転がっていたらリンかすべりこんできた。 「くっつくなよ!!」 「匂ってるだけだよ、少しだけいいでしょ。りょうちゃんはまだミルクみたいな匂いがする」  リンは後ろから俺の腰の当たりに手をまわして後頭部の匂いを嗅いでいる。   「キモいんだよ、あっちいけ」  「りょうちゃん、もうすぐ二十歳だね」  「どーでもいいよ。年なんか」  リンの大きな体が俺を包むように密着している。  こうされるのは、本当はほんの少しだけ好きだ。絶対に言わないけど。 「この世にりょうちゃんが生まれてきて、出会えたことが嬉しいんだ」 「大袈裟だな」   こういう事を、リンじゃなくて、桐生さんが言ってくれたらどんなに嬉しいだろう。こうやって同じベッドにいるのが桐生さんだったらどんなに嬉しいだろう。桐生さんがリンみたいに俺を好きになってくれたらどんなに嬉しいだろう。    明日は、桐生さんの家に呼ばれている。  リンには言ってない。言えるわけがない。  写真を撮るだけだし、わざわざ言わなくてもいいよな。  そんな事を考えているうちに眠くなってきた。 「おやすみ。りょうちゃん」  リンの声が消えていきそうな意識の中で聞こえた。
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