憑依

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憑依

「いらっしゃい」  桐生さんはリビングに招いてくれた。仕事が終わったばかりで汗臭くないか心配だった。 「緊張してる?」  桐生さんは見透かした様に笑った。  桐生さんに会いたいばっかりに来たけど俺にモデルなんかできるのかな? 「大丈夫だよ。プライベートな写真と思って気楽にしていいんだよ」  桐生さんは機材を確認しながら言った。  おもむろにカメラを向けられた。 「りょう、こっち向いて」  ストロボの激しい発光とシャッター音が響いた。 「ほら、綺麗だよ」  桐生さんは撮った写真を見せてくれた。  本当だ。  写っているのはただの俺なのに俺の知らない自分だった。 「りょうは私が写した被写体の中で一番、美しいよ」 「わからないです。俺、不細工っすよ」  「黙ってて、りょう」 その声は尖っていた。  くだらない事を言って桐生さんを怒らせたのだ。 「始めるよ。りょう、シャツのボタンを外して」  桐生さんは、西日の入る窓辺に俺を連れて行った。  言われた通りに外した。 「鎖骨を見せて。窓辺に座って、視線は空して」   シャッター音が響く。 「りょう、こっち見て」  一眼レフカメラのシャッターを切る人差し指が持て余す程長くて見惚れる。 「りょう、誰の事を考えてる?綺麗だよ」    「………」 「シャツのボタン全部外して廊下に寝そべって」   年期の入った飴色の床に身体を横たえた。 「下からこっちを見あげて、顔は向けないで目だけ流して」  細かい指示が飛ぶ。  一瞬を切り取る、集中した桐生さんの顔。  俺だけを見てる。  しんとした室内に激しく響くシャッター音。  赤紫色の落ちる前の夕日。  すでに俺はトランス状態に陥っている。  撮られているだけで身体が熱くなってきた。  綺麗な灰色の瞳で見つめられたい。  その長い指で身体に触れられたい。  血の色みたいな紅い唇で唇を吸われたい。  焼けるような欲求で涙が滲んでくる。 「うん、いいよ、お疲れ様」   桐生さんは唐突にやめた。 「りょうが凄いからもう終わったよ」  桐生さんは写真の中身を確認している。  前戯だけして放置されたような気分だ。 「りょうは才能があるよ。入りやすいんだね」   ポカンとしている俺に顔をむけてこう言った。 「憑依型って事だよ」 「ヒョウイ?」 「また、撮るから明後日来て」  呆気なく帰された。  夕食くらい誘われるかと思っていたのに。     セミダブルのベッドでも二人で寝ると狭い。大体、リンがデカいんだ。 「ヒョウイって何?」 「霊なんかが取り憑く事だよ」  そう言う意味だったのか…… 「どうしたの?何かに取り憑かれてるの?」 「おめーだよ!」   いつものように後ろからピッタリ身体を密着されている。 「大好きだよ。りょうちゃん」  息が耳にかかってゾクっとした。  桐生さんに写真を撮られてから身体が敏感になっている。  熱が身体の芯でくすぶって自然に消えそうにない。  勝手に身体が動いてリンの股間辺りを尻で擦っていた。  リンとなんか本当はしたくない。  だけど静めて欲しい。このままじゃ眠れない。 「りょうちゃん、どうした?」   リンの奴、欲しい時は気がついてくれない。 「しろよ」  いつも俺がリンをぞんざいに扱っているせいだろう。 「えっ?」  えっ?じゃねーだろ。  恥かかせんな。  テメェを今日だけ使ってやるってんだよ。 「どうしたの?」   俺はリンの唇に吸い付いた。舌を入れて唾液を吸った。始めるともう止められなかった。これで分かったろ?ヤリてんだよ。 「りょうちゃん?」  まだ、こいつはピンときていない。  テメーに断る権利なんてねぇかんな。 「抱けよ…リン、今日だけ性玩具にしてやる」   リンは頭の中で言葉を咀嚼しているようだった。  いつもみたいにガツガツこない。  すぐにがっついて襲ってくると思っていたのに。 「どうして?」    ムカつく!  今すぐヤリテーの、セックス。 「嫌なのかよ?」  リンは泣きそうな顔になった。  えっ?  泣いてる?  傷ついたの? 「嫌な訳ないじゃない」  まぎらわしーわ!  目にみるみる涙がたまっていく。 「嬉しい。もう死んでもいい」   「アホ。重めーよ」  萎えんだろ。早くしやがれ。 「好きだよ」   リンはそう言って触れているか分からない位そっとキスをした。  
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