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生れた日付
リンは元同僚の看護師仲間との飲み会に俺を連れて行った。正直、行きたくなかったけど、リンが金払うって言うからついて来た
。すごくいい人だとか言ってた。俺にとっていい
「リン久しぶり」
「大石君、久しぶりだね」
「彼は大石君、救命の時一緒だったんだ」
「どうも」
とだけ言った。
二人はビールを頼み、俺は烏龍茶を頼んだ。
こんばんはと感じよく挨拶をされたがこいつは俺の事が嫌いのようだ。俺は嫌われている時はすぐに分かる。こいつは俺の目を見なかった。なのに俺を目の端で観察している。
それに人から好かれたのはキモ変態のリンくらいだ。
大石は小綺麗な男だった。おしゃれにツーブロックにカットされたヘアスタイル。明るいブルーのセーター。黒縁の眼鏡。小さい顔にそこそこ整った顔立ち。線の細い身体。
どうも、いけ好かない。いつもリンに見慣れているせいか、気障に見える。
リンはおしゃれな服は着ない。骨格が骨太で肩幅にあう服を探すのが精一杯でおしゃれができないと言っていた。肩幅に合わせて着ているから殆どの服がオーバーサイズになる。男としてはここにいる3人の中でリンが明らかに優性だ。
「こんな若いコだったんだな」
大石は言った。
「りょうちゃんはもうすぐ二十歳なんだ」
早く飯食って帰ろう。
会話がジジィ臭い。
大石は俺の知らない同僚の話や全く分からない医学用語でリンと話している。
俺は黙々と烏龍茶とつまみを口に運ぶ。
働いた後の飯は進む。
会話の一部か耳に飛び込んで来た。
「リンが救命辞めて、病棟勤務するなんて思わなかったよ。りょう君の怪我治ったなら帰ってこいよ」
は?
俺のせいで救命辞めて、一般病棟勤務にしたわけ?
「一番優秀なリンがもったいないよ」
「救命は楽しかったけど。今はりょうちゃんとゆっくり過ごしたいんだ。こんなに大切思える人に始めて会ったんだ」
リンは俺を見てそう言った。
やめろ!気持ち悪い。
「リンは優秀な看護師なんだ。患者さんは勿論、口やかましい女性看護師達や気難しいドクターにも信頼されてた。そんなリンが突然辞めたんだよ、君の看護の為に」
結局、これが言いたかったんだろう。
「僕がそうしたかっただけだから」
不穏な空気を察したリンが、そう言った。
「知らねーし。俺は頼んでない。何なの?気分悪い」
あからさまに大石が不快な表情をする。
「リン、彼の態度はあんまりじゃない?自己中心的すぎだよ。リンに感謝の気持ちはないの?それでも本当に恋人なの?」
恋人と言う言葉に反射的に反応した。
「はぁ?恋人?いつからだよ!こんなヤツと付き合うわけないだろ!」
ムカついて声を荒げて言った。
「りょうちゃん落ち着いて。大石君、りょうちゃんは恋人じゃないよ、僕が一方的に好きなだけだから」
だが大石は引かなかった。
「リンが君を好きなのをいい事に寄生してるんだろ?恋人でもないのに」
寄生って。
「りょうちゃんは怪我が治ってから働いてるよ」
リンは必死にかばう。
でも何か、惨めになってきた。
「働いてるって何のバイトだっけ?」
大石は鼻で笑った。
「捨て猫みたいな君は優しいリンには哀れに見えただろうね」
「なんだと!やんのかコラ!!」
「りょうちゃんやめて!大石君も!」
「リン、甘やかし過ぎだよ。りょう君はリンを好きじゃないならどうして一緒にいるの?」
「あんたに関係ないだろ!お前の好きなリンはユルユルのサセコちゃんなんだよ!」
リンを思いきり蹴った。だだの八つ当たりだ。店の空気か貼り詰める。
一人で店を出た。
「りょうちゃん、ごめんね。大石君、心配してるだけだから」
リンが慌てて追いかけてきた。
「出てくから。なるべく早く」
リンの表情が険しく変わった。
「あいつから言われなくてもそうしようと思ってたから」
リンは何度も首を振った。
「りょうちゃん、駄目だよ!出ていっちゃいけないよ」
語気が荒い。
リンから理由の分からない焦燥を感じる。
「俺を縛るんじゃねーよ!」
「とにかく僕の言う事を聞いて!」
「気持ち悪いんだよ!その面も!何もかも!仕事変えたとか重い!!うざい!!」
「守りたいんだよ。りょうちゃん!」
「一体何から守るんだよ!」
「それは」
「デタラメな事言ってんじゃねーよ」
短い沈黙の後、リンが言った。
「初めてりょうちゃんを見た時から好きな気持ちが止まらないんだ。愛しくて可愛くて。守りたいんだ。今は僕から離れないで」
何がそんなに危険だというんだ。
年頃の娘じゃあるまいし。
見当違いで無駄な心配をされ余計、ムカついてくる。
「お前に愛しいとか、可愛いとか言われたくない!」
「りょうちゃん。僕から離れないで!」
「うるせー!お前なんか死ね!」
リンを突き飛ばした。
俺はそう言ってリンを置いて部屋にもどった。
誕生日当日。
一体何がめでたいのか。この世に勝手に落とされたただの日付だ。
「ケーキ買ったよ!」
「プレゼントは僕でいいかな♡」
「嘘だよ~ちゃんと買ってあるからね!」
仕事中にリンから何件もラインが入ってくる。
リンは休みをとって、朝から準備をしているようだった。浮かれている様子が目に浮かぶ。あれからリンとは部屋を分けて生活している。
お昼頃、桐生さんから帰りによるように連絡があった。
「今りょうちゃんが好きなハンバーグ作ってるよ♡」
次にリンからラインがあった。
うざっ。
健気に振る舞われると余計に苛ついてくる。
桐生さんの家に着いた。
「いらっしゃい。りょう」
明るいリビングに招かれた。
何にもなかったリビングにはテーブルがありケーキが置いてあった。
「りょう、誕生日おめでとう」
「えっ?桐生さん?」
「りょう、二十歳だよね」
「覚えていてくれたんですか?」
「もちろんだよ」
桐生さんはそう言ってグラスを渡してくれた。
「乾杯しよう」
リンが待ってる。
関係ないのにま気になる。
「何?恋人と約束してるの?」
桐生さんは俺の表情を見逃さなかった。
「そんなんじゃないです」
桐生さんにがっかりされたくなかった。
「じゃあ遠慮はいらないね」
桐生さんは綺麗な黄金色のシャンパンをグラスに注いだ。
「二十歳のお祝いだよ。飲んで」
「乾杯」
グラスが綺麗な音をたてて重なった。
酒の味はよく分からない。舌で味わわずに喉で飲み込んだ。
「りょう、撮ろっか」
桐生さんはシャンパンを含みながらシャッターを切る。
桐生さんに言われるまま写真を撮られた。
「綺麗だよりょう」
血の色みたいな唇から囁く声は低くて甘い。
体がどろんと重くなる。
そういえば昔、桐生さんは 催眠術を使えると言ってた気がする。
今、俺は催眠術にかかっているんだろうか?
やっぱりおかしい。心と体が乖離していく。
シャッターを切る音が遠くに聞こえる。
この前から媚薬を飲まされたみたいに体が火照っている。
桐生さんの綺麗な手が伸びてくる。
唇にケーキのクリームを指で無造作に塗付けられた。官能的な指が唇に触れるだけで激しく勃起した。桐生さんの指にしゃぶりつこうとすると桐生さんは指を離しシャッターを切った。
「勝手な事しない」
煽られて突き放される。
簡単に心が傷つく。
「寂しがりは変わらないね、りょう」
桐生さんは優しく頭を撫でてくれる。
「りょうは従順で可愛かった」
桐生さんと寝屋にいた。唇に塗られた生クリーム。浮かんだり消えたりする曖昧な記憶の破片。
現実かただの既視感か、区別できない。
「桐生さん……昔、こうやって二人でケーキでお祝いしましたよね」
「思い出したの?おかしいな、ちゃんとかかっているはずなのに」
何がかかっていると言っているんだろう?
俺が思い出せない事が何かあったんだろうか?
そして意識が遠くなってく。
酒のせいか。
落ちる。
鈍器で後頭部を殴られたかのような容赦のない眠気に拐われた。
朝、目覚めると桐生さんの寝室の部屋のベッドだった。
「りょう、おはよう」
隣で桐生さんが本を読んでいた。
「俺、どうしたんですか?」
「撮影してたら寝ちゃったんだよ。りょうはお酒が弱いんだね」
朝の日差しが室内に入ってすでに明るかった。
「りょう、来週またおいで。プレゼントあげるよ」
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