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執事誕生
黒い髪と瞳。西洋のイメージに反し東洋人な外見をしているが、私はバンパイアだ。
それが本職であるはずなのに、なぜかある金持ち屋敷で小娘の執事をしている。
娘の名は北村葵。19歳の大学2年生だ。
肩までの長さで、毛先をかるく内巻きにしたライトブラウンの髪の美人。
そう、美人なのだ。だから私は彼女の血を狙った。欲した。
美しい女の柔肌に食らいつき血を吸いたかった。
*
出会いは2日前。夜のクラブで彼女は仲間と踊っていた。
ハウスミュージックの難しい曲なのにリズム感は抜群で、誰よりも魅力的に踊っていた。
私の一目惚れだった。
ちなみに私は照明の骨組みからコウモリの姿で逆さ吊りになりフロアを眺めていた。
このクラブで以前も美人をしとめていたのでその流れから。
そして帰宅する彼女を尾行した。バタバタと翼を鳴らして都会の夜を飛び続けた。
人間の姿で尾行すれば良かった、と後に悔やんだものだが、この時はひたすら夢中だった。
遠かったので疲れた私は過ちを犯した。
フラフラとではあるが屋敷内部に無事潜入。広い屋敷で、2階の彼女の部屋も遠かった。
やっとの思いで彼女の部屋にこれまた潜入。そこで私を待ち受けていたのは……。
葵は綺麗な顔をした魔女だ。人間の皮をかぶった悪魔だ。私はそう訴えたい!
部屋に潜入した私は疲労で高度が落ち、そのままゆっくりと飛んでいた。葵の目の前を。
普通の女ならコウモリを見て悲鳴をあげるだろう。なのに、なのにこの女は!
この女は私を持っていたショルダーバッグで思い切り振り落とした!
疲労していた私は逃げきれず床にボタリと落ち、更に最悪なことに無意識に人間の姿になってしまったのだ。
葵の足元でうつ伏せの私。頭上から声が落ちてきた。
「嘘っ!おもしろすぎっ!」
それはまさしく魔女の声だった。
全裸の私はいきなりベッドの掛け布団をかぶせられ、ワンピースの紐ですっぽりとグルグル巻きにされた。
コウモリになって布団から逃げる術もあったが、ドアの閉まった室内からは手が使えず逃げられない。
それに疲労と、まるでハエのように叩き落とされたショックは大きかった。
この『ショック』は二通りの意味を持つ。
頭をぶたれ意識が朦朧としていたこと。
誇り高きバンパイアが虫けらのように叩き落とされたこと。
肉体と精神へのダブルショックに私は身動きがとれなかった。
葵は私の前にしゃがみ込んでニコリと微笑んだ。例の魔女の笑みだ。
「ね、あなたバンパイア?」
「…………」
「日本語わからないの?韓国人?中国人?」
そこで驚いたことに葵は韓国語と広東語で同じ意味の会話を繰り返した。
葵は女子アナ志望で5カ国語を操るスーパー才女だった。
「すごい……」
素直に感心し日本語で呟いていた。
葵はニタリとまた魔女の笑みを見せた。滑舌の良い日本語で、もはや遠慮なく語りかけてくる。
「正体をバラされたくなかったら私の命令に従いなさい!」
なんて上から目線の高飛車女。私は自分を憎んだ。一目惚れした私がバカだった。
しかしこちらも反撃だ。
「この姿で居続ける限り私がバンパイアだという証拠はない」
「ウチのパパお医者さんなの。解剖されたい?」
「きょ、脅迫する気かっ!」
「うん。だってあなたのこと気に入っちゃった。側にいてよ」
ああ「側にいてよ」なんて美女から言われ通常なら喜ぶシチュエーション。なのに今は魔女との契約の場面でしかない。
「言うこと聞かないと朝日を浴びせるわよ!」
何で弱点を知っているのか、古今東西の書籍や映像文明を呪った。
でも、だとしたら十字架やニンニクもダメだと思われているのだろうか。これは平気なんだが。
とはいえ朝日は苦手だ。貧血と目眩に半日はベッド生活を強いられる。それは辛い。
高貴な先祖よ申し訳ない。一族に内心で詫びつつ私は妥協した。
「わ、わかった。で、私は側で何をすればいい?」
「執事!ウチってお金持ちなのに執事がいないの。ずっと憧れてたんだ!」
嬉しそうな葵。そして彼女はじっと私を見つめた。
「歳は20代後半かな?誠実そうで、顔もなかなか。私の理想の執事像にピッタリ!」
一応容姿では合格点をもらえたようだ。まあ自分でも容姿には自信がある。否定や謙遜する方が嫌味になるだろう。
これをきっかけに私は様々な質問攻めにあった。
美人との会話は歓迎だが、何せ相手は脅迫者。それに私はグルグル巻き。素直に楽しめる状況下に存在しない。
そして次の質問に唖然としてしまった。
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