執事、スパイになる

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執事、スパイになる

北村家に滞在して4日目。今日も無事に1日を終えそうだ。 呑気にそう構えていた私ことバンパイアで執事の高坂守人は、自身の認識の甘さをまたも痛感した。 まったく、この屋敷に来て以来思考は裏切られっ放しだ。 平穏な生活を私から奪う元凶が大学から帰宅したのは18時を回った頃。 彼女は私のご主人様で屋敷の一人娘の葵。活発すぎる19歳だ。 そして期待に漏れることなく屋敷中に響き渡る威勢のいい声。私は目の前にいるというのに。 「執事!あなたがきちんと教えてくれないからみんなに笑われたじゃない!」 「お帰りなさいませ。それにしても、一体何のお話でしょう?」 身に覚えのない現実に私は背筋をピンと張った姿勢で冷静に応じた。本音はむろん異なる。 帰宅するなりこの女は何をヒステリックになっているのだろう。 怒鳴るより話の中身をまず語ってもらいたい。順序が違うだろうに。 「コウモリの食事は何かって昨夜みんなにLINEしたのよ!そしたら今日大学で笑われたわよ!」 簡潔な答えだったが理解はできた。昨夜の食事時の会話が発端のようだ。 葵は私に「コウモリの主食は何?」と質問し、詳細を語る必要なしと自己判断した私は曖昧な答えですませていたのだ。 しかし笑われたのは私の責任なのか?LINEした本人の責任なのでは?それにそんなの質問するなよ。 やはりこの女少し変わっている。でも、そんなに私に興味があるのか?何かと気にしてくれているのか? 何となしに自惚れてしまった。自室で私の存在を思う彼女を想像するとニヤニヤと頬が緩む。 そんななか響くはテンションを下げる大きな吐息と不機嫌そうな投げやりな声。 「あーあ、コウモリって犬猫と違ってメジャーじゃないから誰も生態を知らないのよね。自分で調べるのも面倒だし」 ん?何だか雲行きが怪しい。頼むから私を奈落の底まで突き落とす発言は続けないでほしい。 しかし物怖じとは無縁のふてぶてしい眼差しで若きご主人様は私を見上げる。そこから紡ぎ出された言葉はやはりの……。 「生態知らないし教えてくれないから自分のことは自分でしてね!特に食事は勝手にして!」 主人なら責任を持て。健気な執事を大切にしろ。 なんて冷たい言い草。ハイハイ、勝手にさせてもらいますよ! やけっぱち状態になりつつ、ふと気がかりも。 葵、怒ってる?言葉の端々にイライラが見えるのは気のせいか? 昨夜夕食の誘いを断ったのを根に持ってるのかも。苦笑していたから大丈夫だと思ったのに。 けれど主人と食事の席を共にしないのは私のポリシー。譲れない。 結局私は興味を持たれたのではなく突き放されたのか? 身勝手に振り回されてる感が強いが葵の傲慢さは今に始まったことじゃない。一喜一憂する私が愚かなのだろうな。 少しでも落胆を軽減するため綺麗に結論づけて話題を変える。今日私が実行した任務の報告だ。 玄関での立ち話も何なのでリビングルームにふたりで移動。 結果報告を待つ葵は瞳を光らせてワクワク感を隠そうともしない。 実は私も同じ気持ち。日中の楽しかったスパイ映画のような潜入調査。スリル。 探偵ごっこにすぎないものの高揚し血が騒いだ。 今だって楽しくて仕方がない。葵の気持ちはよくわかる。 そこで、本題の開始だ。例の如くイスに座る主人の傍らに佇み視線を交えた。 ◆ 現在私たちが抱えているのは嫌がらせメールに悩む池澤瑞穂を救う作戦。 今日実行したのはもちろんそれに関わるもの。 昨夜から考えていた幾つかの流れを今朝葵に伝え、許可を得た上で動いていたのだ。 実行したのは犯人らしき新山理美の自宅下見。舞台になる可能性大だから。そしてあわよくば潜入して証拠品の調査だ。 「犯人は新山理美で確定だと思います」 回りくどいのは私も葵も嫌いだ。故に単刀直入、結論を告げた。 「裏付ける証拠は?」 起承転結のむちゃくちゃな私の会話運びに文句もなく、葵は当然の質問をしてきた。 私の言い回し含め、話題に没頭し見る限り心底楽しんでる様子。生き生きとした表情がとても素敵だ。 そして、本当の意味で結果報告。見てきた事実を言葉に乗せた。
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