執事、主を名指しする

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昨日の下見と同じく今日も2階の窓が開いていた。 安堵しつつ室内に潜入。続く行動を箇条書き風に表すと。 人間モードになりドアを開け廊下に出る。またコウモリになり黒い翼を羽ばたかせ1階に下りる。 理美の母親をリビングルームに発見。テレビに夢中。韓国ドラマだ。字幕を一生懸命追っている。チャンスだ。 玄関でまた人間の姿になりそっと鍵を開けた。そして慎重に静かに扉を少しだけ開ける。 その隙間からスッと細い腕が入ってきた。手にはロングコート。私はそれを受け取り全裸の体に羽織る。 そして扉をさらに開けて細腕の主、葵を家に導いた。 心臓はバクバク。嫌な汗が額や手に滲むし喉もカラカラ。本番の緊張感は想像以上だ。 ソロリソロリと私たちはリビングルームの前を忍び足で通り越し、アイコンタクトのみで2階へ向かう。 と、階段途中で思わず足を止めた。後続の葵が「執事!」と急停止を小声で非難する。 トイレの水音が聞こえ驚いてつい停止してしまったのだ。 ヤバい!見つかる!?急いで2階に行くべきか!? 思考してる余裕などないのが現状。ただし幸いにもトイレには別ルートがあるらしく廊下経由は避けられた。 助かった、と葵を見ると明らかに怒っている。 トイレ使用前の母親と鉢合わせなかったのだから、水音後に敏感に反応する必要はなかったのだ。 これには反論できず、甘んじて罰を受けるべき結果。 でも今はそんな場合じゃなく軽く頭を下げて一時の尻拭いをし、今度こそ2階に向かった。 * 理美の部屋に直行し休む間もなくまた作業。 葵はバッグからメイク道具と金髪カツラを取り出した。私の変装セットだ。 手早く彼女は私の顔にファンデーションを塗る。 手付きがいい。さすが女子アナ志望。メイクの研究も怠っていないのだろう。 「執事って肌綺麗だね。化粧すると並みの芸能人よりイケてる」 葵はたびたび私の容姿を誉めてくれるが、今回はベタ誉めだ。 例の如く半信半疑に陥りそうになったが、メイクを続ける表情は真剣でジョークや毒舌とは無縁。私は確かに誉められているのだ。 化粧を終えるとカツラのセッティング。宴会芸用の長い金髪だ。 これらの変装はもちろん素顔を隠すため。理美とは今後大学などで対面する可能性も拭えないからだ。 「金髪も似合うなあ。西洋のバンパイアってこんな感じなんだろうな」 じっくり私を見つめ、ご主人様は感心する。 でも個人的には西洋のバンパイアも黒のィメージ。顔の彫りが深いところと瞳は青だが。 ここで葵の仕事はひとまず終了。あとは来た道を戻り、屋外に出て待機だ。 ひとりで行かせるのは心配だが彼女ならうまくやるだろう。魔女の力で運を引き寄せるに違いない。 何気に室内を確認。ここが私が隠れるクローゼット。内部を見て十分に入れることを確認。そして脱出用の窓の位置もチェック。 よしこれで…… 「執事!足音!誰か来る!」 早口に葵は語って私を見上げた。 クローゼットの開閉音が下まで響いたのか?しくじった! とにかく今は隠れなくては! 「葵!来いっ!!」 ご主人様に命令口調を投げかけ私は無我夢中で彼女の細腕を引き寄せクローゼットに連れ込んだ。 クリーニングの袋をかぶった衣服の奥、薄暗い内部で息を殺す。腕の中に抱いた葵もおとなしくしている。 キーッとドアの開いた音。おそらく母親だろう。室内を歩く気配。 私は葵の頭部を自分の胸に押し付け力強く抱きしめた。 彼女は守りたい。でも見つかったらそこでジ・エンド。どうしようもない。とにかくこのピンチさえ脱すれば! 内心で願い、気配は外部に集中。よって葵が自ら私に身を寄せてしがみつく姿には全く気づかなかった。
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