執事は高貴な吸血鬼

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執事は高貴な吸血鬼

私は息を殺し、祈る気持ちでこのピンチが無事に過ぎ去るよう時を待った。 私だけじゃなく腕の中でおとなしくしている葵も同じ気持ちだと思う。 バンパイアの私ならコウモリに変化してどうにでもできる。 けれど葵はそうもいかない。見つかったら終わりだ。 強運が降り注ぐよう無意識にぎゅっと彼女を抱きしめ、無意味だというのに少しでも存在を隠そうとした。 他人の家に不法侵入したのは私たちだ。見つかったら言い逃れは通用しない。ただただ幸運を願うのみ。 クローゼットの外の室内にはまだ人の気配。新山理美の母親だろうが、なかなかしつこい。いや、しぶとい、か? 敏感な気質なのか室内をウロウロ離れようとせず私の気持ちは焦るばかり。 段々と愚痴も出る。クローゼットは狭くて息苦しい。それに暑い。母親にはさっさと退出してもらいたいものだ。 何だか足音が近い。頼むからクローゼットは開けないでくれ!頼む! トゥルルトゥルルル… 何だこの音!? 一瞬ピクリと身を震わせてしまったが、階下から響くは家庭用固定電話。 驚かすなよ、と内心でツッコミつつ外では慌てた声。 「あら電話!待って待って!」 バタバタと遠ざかる足音。同時にピンチも消えてチャンス到来! 「葵、チャンスだ!今のうちに逃げろ!」 母親はおそらくリビングルームの電話に集中。葵はその隙に玄関から脱出だ。 聞き分けがよく状況判断も的確な彼女はテキパキと機敏に反応した。 できる限りクローゼットを静かに開け、暗室から出るともう逃げる体勢だ。 「執事、頑張るのよ!」 労いの声を残し彼女は『忍び足で急ぐ』という微妙な表現を使うしかない動作で室外に消えた。 窓から屋外を見下ろすとやがて葵の姿が。 無事に脱出を果たしたようでホッと一安心。 やはりアイツは魔女だ。恐ろしい強運の持ち主。 地球が滅んでも宇宙人を捕獲して生き残るタイプだ。 ん?これは矛盾アリか。 * さてここからは時間との戦い。 とは言ってもサッカー競技の切羽詰まったアディショナルタイムのような状況下ではなく、その逆だ。暇なのである。 今後の行動予定は帰宅した新山理美を脅すこと。 帰宅時間は多分、夜。葵と決めた実行時間は22時で現在17時。 すなわち余裕で一眠りができるくらいまだまだ先だ。 情けないことに私はクローゼットに隠れて理美の帰宅を待つ。 それに彼女が帰宅する保証もない。アルバイトはしていないらしいが、友人宅などに泊まる可能性もある。 そうなったら計画は順延。今日の苦労は無駄骨の疲れ損だ。 ああ、一段落したら腹がすいた。食べ物を持参すべきだった。 すっかりピクニック気分。でも机の上の鏡に映る自分を見て気持ちがまた変わった。 変装用の金髪カツラと化粧姿に身を引き締めた。 そう、チャラチャラふざけている場合ではないのだ。気の緩みが失敗に繋がる。 ……ふむ、でも。 金髪も似合うな。ロングヘアも。 ちょっとだけ自画自賛した。
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