執事は高貴な吸血鬼

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* 待ち時間は有効活用。腕時計のタイマーを確認。窓の位置も確認。 クローゼットから出る練習も何度も実践。セリフを噛まないよう滑舌練習。 これだけ努力を重ねているんだ。成功は目の前。魔女も味方にいるし勝利は確実だ。 陽も落ちて暗くなってきた屋外。葵は今ごろデパートで夕食だろうか。 と、またも気を散らしてしまったが、何やら下が騒がしい。ターゲットが帰宅したのだ。 私はクローゼット内にスタンバイ。さあ始まるぞ。クライマックスの幕開けだ。 BGMはオペラの荘厳な楽曲がいいなあ。喜劇も合うかも。 余裕を見せつつ薄暗い内部で静かに待機。 しかしこの暗さ、とても落ち着く。やはり私はバンパイア。体は正直なものだ。 夜も更けてくるし私たちの時間。人間は寝ていればいい。 刻々と迫る時間のなか部屋主が入室した。ドサッとカバンを置く音、ため息。十中八九、理美だ。 時間までの間、彼女とふたりきり。もちろん仕切りを隔てての距離はあるものの、若い娘のプライベートを盗み見るのはドキドキする。 決行の時間外でもクローゼットを開けられたらその時点で作戦始動。 なので常に神経を集中させる緊迫した場面。 わかってはいる。しかし葵は「パンダメイクのケバ女!」と普段から見知っている理美をそうヤジっていたが、遠目には可愛らしい容姿をしていた。 そんな女が板一枚向こうで無防備に動き回っている。血を吸うチャンスでもあるのだ。 まあ今回は欲望は抑えよう。覗き趣味もないし、おかしな変態的発想も落ち着かせよう。 あ、結局また脱線。集中集中! くだらない思考でも暇つぶしにはなった。まもなく時間だ。葵も準備してくれてるだろう。 室内は真夜中を彷彿とさせる静けさ。でも電気は点いてるし出て行った気配もなかった。スマホや読書、うたた寝でもしているのか。 ピピピッ お、22時の合図。作戦開始だ! 腕のデジタル時計が暗闇の中で私の顔を照らし、数秒光って消えた。 再度の暗闇で行動開始。とうとう身をさらす時。 * まずは作戦のキーとなる登場の場面。 一気に登場もいいが、じわじわっと心理的恐怖を与えたい。 クローゼットから片手だけを出し、ゆっくりと扉を開けていった。 ん?……反応がない。 危機感を募らせて室内を覗くと、ターゲットはスマホで音楽を聴きながらSNS! 「絶対に効果的だから」と葵が太鼓判を押した『クローゼットからドッキリ作戦』だったが、スマホとイヤホンという二大巨頭に阻まれ見事に玉砕。 理美は画面に集中しきりで私に気づきもしない。 後で葵に文句を言ってやる。そう胸に誓った瞬間、顔をあげた理美とバッチリ視線が交わった。 「ひっ……!」 はっきりと理美は驚きを見せた。大きく肩を揺らして瞳を見開き、スマホはポトリと手を離れて床に落ちた。 ここで葵の「パンダメイク」発言に納得。理美のメイクは確かに濃い。 アイラインが太くて真っ黒に見える。素顔の方が美人っぽい。 まあ容姿はともかく怯える様子に気の毒さも抱いたが、それも一瞬。情けない登場となってしまったが開き直って進行だ。 クローゼットから全身を室内に出し、照明にロングコートの身をさらした。重い声音を作り命令する。 「娘、騒ぐな。静かに私の話を聞け」 気分は主演男優。最初のこのセリフでテンションは上昇。気持ちが良くてもう止まらない。 確実に自己陶酔に浸りながらホラーなこの状況に今まで味わったことのない刺激を感じた。 それは人間が演じた紛い物でもCGでもない真のバンパイアである私だからこその思い。 私はバンパイア。高貴な種族の末裔。失敗は許されない。威厳と誇りを見せつけてやる!
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