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執事、オチに泣く
「ひっ……!」
突然の訪問者に新山理美は顔色を真っ青に変えて怯えた。あまりの恐怖に声も失っている。
若い娘に対しちょっと可哀想な気もするがノリノリの私。
金髪ロングのカツラとロングコートの衣装がこれまたテンションをアップさせて心を突き動かす。
「私はバンパイア。池澤瑞穂の呪文で現世に降臨した」
「い、池澤瑞穂の!?」
「彼女が嫌がらせメールに恐怖を感じ犯人を特定する呪文を唱えた。そして私が召喚されたのだ」
普段使用しない堅苦しい口調に実は苦労した。
でも本番を迎えセリフを噛むこともなく順調な出だし。
練習した甲斐はあった。ラストまでこの調子で臨みたい。
理美は私の存在を信じている様子。バンパイアへの恐怖と池澤瑞穂への動揺に唇がブルブル震えている。
けれど、こんな場面葵に見られたら爆笑されるんだろうな。
特にファンタジー色濃厚な、私が召喚された云々の架空設定の部分に。
「まるで幼稚園のお遊戯ね」とけなされそう。寝る間も惜しんで考えたのに。
そう思うとヘコむが演技力には自信がある。ファンタジー設定を貫き目前の任務を遂行するのみ。ヘコんでる場合ではないのだ。
今回私が目指したのはクールなダークヒーロー。知的な冷めた口調で相手を恐怖へと導く。
「私の眠りを覚ました池澤瑞穂は主人も同然。私は命令に従い犯人の特定を開始した。そして見つけたのがオマエだ」
「わ、私、何もしてない」
「バンパイアを騙せると思っているのか?血を吸われたいか?」
そして効果的に長い牙を見せた。
そう、私はバンパイア。葵にも見せたことはないが証である伸縮自在の牙を持つ。
もちろんこれで人間の首にかじりつき血を吸う。すでに経験済みだ。
人間から見たら悪だろうがこちらにとっては死活問題。悪事を働いている自覚はゼロだ。
よって人殺しに罪悪感はない。今だって理美をかみ殺すことも可能だ。
そんな容赦ない雰囲気が通じたのか、往生際の悪い彼女がとうとう自ら罪を認め正体を白状した。
牙を見るや両手でしっかり頭部を抱えてぎゅっと瞳を閉ざし、一生懸命声を絞り出す。
「ごっ、ごめんなさい!もうしません!絶対に、絶対にしないから助けて!」
犯人確定の言葉。メール停止の確約。待ちに待ったこの瞬間を迎え内心で力強くガッツポーズ。
でも冷静沈着なキャラ設定に浮かれ感情を封印。我ながら歯痒い!
理美も今回のことで懲りたはず。私もこれ以上いじめるつもりはない。
好戦的な葵がいたら「甘い!」と怒鳴られる可能性大だが、私にSっ気はなくラストへ向けて平穏な展開を選んだ。
「わかった。ただし約束を破ったら、オマエの命は私が頂く」
「守ります!だから助けて!」
「オマエさえ守れば私はもう現れない。約束は破るな」
「はい、はい!」
必死な声から嘘は感じられず、私は上から目線で頷き最後の行動を開始した。ここからは葵も関わる重要な場面だ。
何となくマヌケだが、窓辺に寄って自分で窓を開ける。
最近の住宅の窓は内開きが多く網戸付きで厄介なのだが、全開させてよっこいしょとよじ登った。
唖然と見つめる理美に不敵な笑みを見せると夜空に向かってジャンプ!
「きゃっ!」
理美の小さな悲鳴をコウモリ姿の背中に聞き、ふとバンパイアの立場を活かしきれてなかったと省みてまた室内に侵入。
恐怖を植え付けるため彼女の周囲を飛び回った。
「やっ!来ないで!」
両手をばたつかせ抵抗を見せる理美。そろそろいい頃合いと私は素早く窓から再度の脱出を果たした。
そうして闇に溶け込み上空を飛翔する私の次なる関心事はただひとつ。葵だ。
一度目の脱出時のコウモリ変化と同時に身に付けていたカツラとコートと腕時計が新山家の庭先に落下。
このままでは間違いなく物的証拠。そこでこれらを回収する役目を担ったのが葵。
作戦時間を22時と定めた理由もここにある。
葵は時間と同時に闇に乗じて庭で静かに待機。窓が開いたのを確認すると準備に入り、そして衣類落下後に素早くカバンに回収。
私が部屋に引き返したのはこの回収時間を稼ぐためでもあったのだ。
慌ててはもしもの目撃者に怪しまれるので、敷地内を出る葵は客人を装い普段通りの速度と表情で離脱。
これが筋書きで、上空から見守っていた私の目の前で彼女は完璧にやり遂げた。
観察した限り目撃者も見当たらなかったし、作戦は無事に成功したと思われる。
さ、待ち合わせ場所で葵と合流だ。理美とのやりとりや結果を報告しなくては!
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