執事誕生

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質問自体は普通だった。好奇心全開のキラキラした眼差しで葵は赤いリップの唇を開く。 「名前はあるの?」 「ない。その時々で適当に名乗っていた」 「なら、うーん、どうしよう。どっちがいいかな。横文字も捨てがたいけど……」 ん?まさか私の名前を考えているのか?なんて物好きな。 葵は真剣に考えているようだ。自分の世界に浸って瞳の焦点があっていない。 そして突然瞳に輝きを蘇らせ声のトーンを弾ませた。 「決めた!あなたの名前は高坂守人(コウサカ モリト)。いい?これからはそう名乗るのよ!?」 名前なんて何だっていいが、とりあえず高坂守人と何度か呟いてみる。 「あ……!」 ある発見に思わず声を上げた。 高坂守人。名字と名前の最初の字を繋げると『コウモリ』になる。 ……これには正直センスを疑う。バンパイアだからってこじつける必要はないのに。 けれど少し親近感。魔女にも人間味は残されているようだ。 その人間味とやらを信じ、人間性を見直したのは束の間だった。 葵はご主人様らしくさっそく命令を下してきた。まずは基本的なこと。 「私のことは『姫』って呼んで」 「お嬢様でなく?」 「姫って呼ばれてみたかったんだ!よろしくね!」 何がよろしくだ。善良ぶってもこいつは魔女だ。いつか禍々しい正体を見届けてやる。 しかし魔女の能力は凄まじいらしく、私の内心の毒舌が聞こえたのか反撃をくらった。 いつの間にか彼女の手にはスマホが握られていた。 「写真撮らせてね!保険にするから」 しっかりした娘だ。 ああ!もう好きにしろ!いくらでも撮るがいいさ。あ、でもひとつだけ。 「フラッシュはやめてくれ」 「オッケー!はい、こっち向いて!せーの!」 見せてもらった私の写真はとても仏頂面だった。 断言してもいい。これは未来の私の顔だ。明日も明後日もこの表情で居続けることだろう。 何が起こるか想像もつかない。恐ろしい。明日には食べられているかもしれない。コウモリは不味いと話しておくべきか? 私は深い溜め息を吐く。反して葵は満面の笑みで写真画面を見やる。 ああ明日から何が起こるのだろう。今夜は脱走計画で眠れそうにない。 * と、これが初日の夜の出来事。 そして3日目の現在。私はまだこの屋敷に食われもせず滞在している。 予言通り仏頂面で、葵の言動にグチグチ文句を呟きながら。
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