執事の生活

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執事の生活

私の名前は3日前から高坂守人(コウサカ モリト)。略してコウモリ。この北村家で執事をしている。 しかし正体は誇り高きバンパイア。なのになぜ執事をしているのか? それはこの屋敷の娘に正体がバレて脅迫されたから! 葵という名の19になる小娘は性悪な性格をフル活動させ私を自分の憧れのために執事に仕立てたのだ! ちなみに私の名前を考えたのもこの女だ。なんて酷いネーミングセンス。 バンパイアだからってコウモリになぞらえる必要はないのに。 ◆ 悪夢な初日から今日までの間にも様々な出来事があった。 まずは昨日。 執事用のスーツを買いに葵と紳士服ショップに苦手な日光を浴びながら出かけた。 ネット通販でいいのにと、もちろん内心でブチブチ言いつつ店内で商品を物色。 同じスーツ一式を3着購入。靴なんかも揃えた。 葵は私の妹になりすまし兄のために服を選ぶ、どこから見ても善良な女を好演していた。 美人だし演技力は抜群で、店員はコロリと騙されていた。 史上最強の脅迫者だと教えてやりたかったが機嫌のいい思いもしたので我慢した。 私は顔もなかなかで身長もあり、つまりイケメン。 同性の店員もそれを誉めてくれ、そのとき葵が横で笑顔を見せた。 「読者モデルに内緒で応募しようと思ったくらい自慢の兄なんです」 よくもまあしれっと大嘘を、と呆れた反面とても嬉しかった。 初日もだったが葵は私の容姿を誉めてくれる。こうされて悪い気はしない。クールを装い、照れ笑いでごまかした。 その後の気分はウキウキで、帰宅するまで続いた。 単純な己に情けなさを感じたのは夜の事。眠りに入る直前だった。 この日は葵の両親との初対面も果たした。 朝の廊下で顔をあわせた父親は屋敷の主。よって丁寧に自己紹介と挨拶を交わした。 「葵お嬢様の執事を任されました高坂です。勤務と住み込みの許可を頂きたいのですが」 すると医者である彼は知的な顔に不思議そうな表情を滲ませた。突然の申告だ。無理もない。 私は上から下まで一通り目視でボディ-チェックされ無言の審査を受けた。コウモリに変身して逃げ出したい心情。 この時着ていた服も実は葵が勝手に用意した彼の私物。咎めだても覚悟の内。 ドキドキしながら結果を待っていると彼はひとつ頷いた。 「歓迎するよ執事君。気まぐれな娘なので大変だろうが頑張ってほしい」 瞬時に私は確信した。この父親となら上手くやっていけそうな気がした。 たぶん彼も娘の言動に苦労してきたのだろう。50歳そこそこのはずなのに白髪が点在している。 でも見知らぬ男を即滞在させるあたりさすが親子だ。ノリ重視で見境なさそう。油断禁物だ。 そして夕方。 黒スーツにベスト、真っ白なシャツ、小さな蝶ネクタイの典型的執事スタイルで対面した母親は、何というか……テンションの把握がしにくい個性的な女だった。 「執事さん?羨ましいわ!暇があったら私の世話もしてちょうだいね」 北村家は医者の家系らしい。この母親も女医であると後に知った。 けれどこの時はまだ認識しておらず、サーモンピンクの華やかなツーピースの私服を見て服飾や宝石なんかの客商売の関係者かと思った。 一般的には中年おばさんなのだろうが、瞳の大きな彫りの深い美人で中年と語るには抵抗を抱く。 輪郭が葵を彷彿させ、彼女に一目惚れした立場としては世話を依頼されドギマギだ。誘惑されたような錯覚に陥ってしまう。 「わかりました。御用の際にはお呼び下さい、奥様」 「奥様!素敵な響きね!?癖になりそう」 私は作り笑いで返答した。何やら異様な空気を感じた。 うーん、葵の執事への憧れは母親譲りなのだろうか。だとしたらこの母親も一筋縄ではいかなそうだ。 あまり関わらないようにしよう。神のお告げだ。 そう胸に誓ってから丸1日が経過していた。幸いなことに母親とはそれ以来会っていな い。 ◆ さて滞在3日目の現在、私は少し悩んでいた。 それはズバリ勤務内容だ。執事とは具体的に何をすべきなのだろう。 直接の主人である葵は日中は大学生活で屋敷を不在にしている。 朝と夜の食事や昼の弁当は自身が作る意外としっかり者。私の出番はない。 掃除?と思い屋敷内を見回す。ヨーロッパの宮殿をいくらか小さくしたような洋風建築のここは十分に広くて掃除なんか面倒くさい。 雑巾やモップ掛けは誰がしているのか、葵がするとは考えにくい。 そう思っていたら案の定、月・木の平日2日間はハウスキーパーが清掃に来るのだ、と玄関で鉢合わせたおばさんキーパー本人に聞いた。 安心したがこれまた仕事がなくなった。何をすべき?そもそも葵は何をさせたくて私を執事に命じたのか。 道楽?趣味? 否定できないから怖い。
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