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執事と、鬼退治
ご主人様から初仕事を言い渡された新米執事の私こと高坂守人は、忠実に達成させるべく目的地へ向かっていた。
主人の葵は19歳の生意気な小娘でしかない女だが主人は主人。
家に置き忘れた教科書を大学まで届けるため眩しい太陽の下を移動している。
私はバンパイアで太陽は苦手。故に日中はコウモリの姿で飛び回るのは困難なので、移動時は基本人間の姿。サングラスは必須アイテムだ。
が、私が周囲の注目を浴びる理由はバンパイアだとかサングラスが原因ではなく、服装のせい。
上下スーツに蝶ネクタイの典型的執事スタイル。もしくは結婚式場から逃げ出した新郎か?
とにかくこの格好のせいでジロジロと好奇の視線が全身に突き刺さっているのだ。
恥ずかしいものの執事スタイルで来いとの命令には背けない。
無視した場合のヒステリーが目に見えている。なるべくなら避けたい。
◆
昨今の物騒な世の中、到着した大学の正門で身分証の提示や記帳を予想していたがそれは外れ、キャンパスにはすんなり入れて一安心。
電話で葵に到着を伝える。すると彼女は自分の学部前までの道筋を言い出した。
「遠くないから来てよ。まず正門を右ね!」
そっちが来い、とグチグチ文句を呟きながらも私は電話片手にキャンパス内を歩いた。
若い学生たちは執事の私に興味津々。囁かれたり写真まで撮られた。
「何のサークルの人?」
「お笑い芸人?コスプレマニア?」
「うわぁ生執事!初めて見た!」
身勝手な、様々な声が耳に飛び込む。
ううっ、葵の学部はまだか?まるで公開処刑。恥ずかしさに忍耐の限界。慣れる日が来るのだろうか。
と、前方に葵を発見。朝送り出した時と同じポロシャツ風ノースリーブにタイトスカート。
高飛車な性悪女。でもスタイルの良さは認める。それに美人だ。
もはや不要なスマホをポケットにしまい、今は後悔しているそんな一目惚れの相手に駆け寄った。
「ご苦労、執事」
わざとらしい厳かな声音を作り葵は私を迎えた。
どんな形であれ労ってもらいやや満足。「遅い!」と怒鳴られる可能性もあったのだから。
それにしても、だ。葵の左右には友人らしき女がひとりずつ。私を見つめる好奇心に満ちた眼差しが非常に気になる。
まさかバンパイアだと正体をバラされた?
ふたりとも同じ文学部の学生でジャーナリスト志望なのだろう。ナチュラルな女子アナ風メイクの美人だ。
そのうちのひとり、右側の女が葵の横顔に話しかける。
「彼が姫の言ってた噂の執事か。背ぇ高いね!」
小柄なその女が首を痛めそうなくらい頭部を上げて私を見つめた。
ん?どうやら話題の中心にいるらしい。
それにバンパイアだとは気付かれてなさそう。まあこれに関しては葵の良心を深く信じているが。
しかし!聞き捨てならない単語がひとつ!
いま『姫』と言っただろう。葵を指す固有名詞だ。私も初対面の日に今後そう呼ぶように命じられた。
ただし、「姫と呼ばれるのが夢だった」とも話していた。
まだ誰からも呼ばれていなくての願い事と私は解釈していた。
それくらいなら叶えてやるか、と善意を抱いたものだが、すでに呼ばせているではないか!
ああ、やはりこの女は侮れない。最強のペテン師だ。魔女だ。信用しては裏切られる。心してかからなくては!
私自身の思い込みも確かに原因。でもそれには気づかぬフリをして葵をけなしてみた。
そんな葵であるから学内でもさぞかし嫌われ敵が多いと想像したが、なんと見解は180度異なった。
リーダー格で面倒見もよく、同学年以外にも先輩後輩から頼られ慕われ、男女問わず交友関係は広いそうだ。
「姫ってしっかりしてるから執事を雇ったって聞いた時は驚いちゃった。でもさすが統率力あるなって納得もしたけどね!」
右側に佇む小柄な斎藤香織が自己紹介後に教えてくれた。
反対側の池澤瑞穂もうんうんと相槌を打つ。
葵が誉められ私は不思議と嬉しかった。
友人である彼女たちよりずっと付き合いは短いのに、同等の年月を供にしたかの受け止めだ。
主人が賞賛され鼻が高かったのだと思う。
うーん、もしかして私は根っからの執事体質なのだろうか……。
全身に軽く冷や汗が滲んだ。弱みを見せないように気を付けよう。
この女絶対に図に乗るタイプだ。いい気にさせては私が困る。
強気強気の攻めの姿勢を常に忘れず持ち続けなくては快適ライフが奪われてしまう。
執事職はただの興味。精神的苦痛を味わう必要はないのだから。
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