執事と葵とサヨナラと

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晩秋なのか初冬なのか、曖昧なこの季節。 11月下旬ともなると日没は早く、16時にはもう外は真っ暗。 私たちコウモリには嬉しい時間……のはずなのに、嬉しさメーターが上がらないのはこれから始まる別離のせい。 とうとうこの時が来た。葵とのお別れだ。 いつかは別れがやって来る。それは理解できるけど、早すぎた。 あと2年くらいかな?寿命ギリギリ、体調の変化を感じてから去るつもりだったのに。 ああ、同時にこの部屋ともお別れか。 屋敷内に与えられた自室をしみじみと見回して感慨にふける。 天井から吊した止まり木も居心地が良くてお気に入りだった。部屋も広くて人間の姿でいるときも不満はなかった。 寂しいけどこの部屋とも本当にお別れだ。今のうちに記憶に焼き付けておこう。多分、これが最後だから。 「執事、気持ちの整理はできた?そろそろ行く時間でしょ?」 ノックもなくドアを開けてご主人様のお出ましだ。 いつも言ってるが着替え中ならどうするんだ? それにしても思い出に浸ってセンチメンタルな状況なのに、なんて気遣いのないセリフ! 無神経にも程がある。……葵らしいけど。 まあ今でこそ清々しい表情を見せてるけど、午前中みんなといた時の彼女は終始無言で表情も硬く、近寄りがたかった。 友人思いで正義感の強い女だから、私との別れも心にズシリと乗っかって寂寥に胸を痛めていたのだと思う。 真実は本人のみぞ知る。よってこれは私の身勝手な願望でしかないが。 葵はベッドにドサッと腰を落として何か言いたそうに私を見上げた。 普段通りの表情がありがたくも悲しくも。うーん、取り乱されるよりはマシ? しかし何を話してくるんだろ。 「執事、冬眠が明けたらまたここに戻るのよ?寝ぼけて他の家に行かないように」 うわ、泣きそう! 胸がジーンとする! 葵の奴、不意打ちにも程がある!別れを痛感して動揺するではないか! と思っていたら怒涛のダメ押し! 「この部屋も衣服も残しておくからきちんと戻って来るのよ?」 これは反則だ。 毒舌家の魔女に真摯な眼差しでこんな感動的セリフを言われたら、疑惑より信用が上回って余計に感激度が増してしまう。 私が善人すぎるのか?そうじゃない。これは葵の本心。心の底から出た気持ちのはずだ。 私はこの言葉を死ぬまで覚えていたい。 ジッと彼女を見返していると、変化に気づいた。 それは今まで見たことのない表情で、救いを求めるようなやるせない雰囲気。 気の強さが葵の持ち味だけど、喜怒哀楽をはっきり出す性格だから他の感情より薄くても哀しみも表に出やすい。 彼女はいま耐えられないくらい悲しくて、だから膝の上で拳を握り締めて。 そしてもどかしくなってイライラを解消するために声を荒げるしかないんだ。 「ここに戻るのよ!返事は!」 声が震えてる。切羽詰まったような、肩を落とした彼女からは悲壮感すら漂う。 葵は賢い女だ。死期は悟られてなくても私がもう戻らないことを空気から察しているのだろう。 期待を持たせるより、はっきり戻らないと告げるべきなのか?葵はどちらを望んでるんだろう。 ああっまたも悩みが勃発!最後の最後まで悩みまくり! ご主人様への恩返しにはどちらが相応しいのかな!?
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