執事逝く

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辺りは夜の闇。眼下には明かりの灯る民家が連なる。 私はといえば、高度が定まらず低空になったりと危なっかしい飛行が続いた。 それを乗り越えてフラフラになりながらも北村家を視界に認めた時の喜びはこの上ないものだった。 葵の部屋に明かりが点いてる!内開きの窓も開いてて侵入可能! でもちょっと狭い?物音を立てたら気づいてくれるはず! 窓を目掛けて急降下。飛行技術は衰えておらず一発成功! 隙間に挟まって爪で窓ガラスをカチカチと引っ掻いた。 気づけ葵!頼む! 「ん?何?」 葵の声だ!音に気づいてくれた! 叫びたいくらい嬉しくて、それを窓ガラスを叩くことで表現した。 何度も繰り返し、まもなくしてカーテンがジャッと開いた。 「執事!」 コウモリを見てすぐにそう呼んでくれ嬉しかった。彼女はまだ私を覚えてくれていた。 「どうしたの!こんなにヨボヨボで!」 え? 動作だけでなく、どうやら見た目も年寄りのようらしい。 この半年間鏡もなくて気づかなかったけど、ちょっとショックだ。 私のチャーミングな顔がヨボヨボに……。 私は、そんなに衰弱してたのか。 葵はそんな私を優しく持ち上げ手のひらに乗せた。 半年ぶりの葵は相変わらず美人。就活だからなのか髪の色がダークブラウンになってた。それに少し痩せたかな? 人間に変化しない私に疑問を抱いたようだ。彼女はズバッと問い詰める。 「死期が近いの?もう人間になる体力ないの?やっぱり寿命が迫ってたのね!だから生態を教えてくれたときも黙り込んだのね!」 う、さすが才女だ。とんでもない記憶力! けれど誤解だ。私の死因や別離の理由は女ふたりの血を吸ったから。年齢のせいではない。 言葉を話せない私に真実を伝えるのは無理。まあ死因なんてこの際どうでもいいか。 なんて油断してたら体が揺れた。彼女が憤りを手ぶりでも表したのだ。 「バカ!体力もないのに何で来たのよ!」 ああ最後までバカ呼ばわり……。だけど久々の叱咤に葵の側にいるんだって実感。何か、気持ちいい。 本気の叱咤じゃないのも当然承知。これは彼女の強がりと優しさだ。半年経っても変わらないな。 ふう、と一息ついて葵は表情と声を穏やかにさせた。 「執事の部屋に移動しようか」 そうして私を手に乗せたまま歩き出す。 ん、あの写真……。 見えたのは数瞬だった。机の上にある写真立てには人間時の私と葵が頬を寄せて写ったものが。 別離の日に、最後の最後にふたりで撮ったやつだ。葵、プリントして飾ってくれてたんだ。 嬉しいな。私は本当に最高の主人と巡りあった。 ふたりともいい笑顔の素敵な写真。見れて良かった。 そして移った私の自室にも感動した。 室内はそのまま。コウモリ用の止まり木も天井から下げられ、執事スーツはクリーニングの袋をかぶって壁にかけられていた。 いつ私が戻ってきてもいい状態。数々の痕跡と綺麗な室内に葵の愛情を感じた。 だけど、私の体力は。命はもう……。 さっきと同様、彼女はベッドに腰を下ろして黒いコウモリに話しかける。 「バカ執事、私に会いに来たんでしょ?こんなに疲れても来てくれたんでしょ?」 葵の涙を見たのは初めてだ。彼女は瞳から次々と涙をあふれさせて頬を濡らした。 私のために泣いている。慰めたい。感謝したい。 今の私にできる伝達手段は彼女の手のひらを優しく爪でなぞるだけ。 「あ、くすぐったいよ執事」 葵は笑った。精一杯の強がり。そしてまた話しかける。 「執事、大好きだよ。ゆっくり眠ってね」 死期が近づくと体が冷えるというが、私は温かい。 こんな死なら歓迎だ。私は幸せなバンパイアだ。良かった……。 動かなくなった私を葵なら抱きしめてくれるだろう。きっときっと。 そうして手厚く土の中に葬ってお別れしてくれるのだろう……。 私はたくさんの思い出を作った。たぶんどのバンパイアよりもたくさんの素敵な思い出。 でも、寂しいな。記憶が薄れかけて……。 生まれ変わったら人間になりたいな。葵の執事に、またなりたい。 さよなら、私のお姫様。 さようなら、葵。 さよなら…… ありがとう。 ああ…… 葵の手は いつも、 温かい…… END. Thank You!
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