執事と、鬼退治

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そして先ほどの勘は的中し、私は香織と瑞穂の両名からこぞってミーハーな質問を受けた。 ほとんどがプライベートな個人情報。バンパイアの私には無縁な誕生日や年齢なんかが主だった。 「ねえ姫、執事さんていくつ?……執事さん、30代じゃないですよね!?」 ああ香織さん、積極的なのは許せるが、ふたりへいっぺんに質問するのはやめてもらいたい。 内心でツッコミつつ最悪の事態に動揺も走る。 さてどうしよう。以前までは適当に答えていたが、今は葵がいてふたりの意見に食い違いが生じるとマズい。 正確な設定を葵と定めておくべきだった。 「ん、ゴホンッ」 傍らからごく自然な咳の音。動いたのは葵で、事態を察したらしく私と視線を交えると無言で訴えてきた。『話を合わせろ』と。 空気の読める頭のいい女だ。非常に助かる。 こうしてその場しのぎの応答が始まり、葵の発言により私は今日から27歳となった。 「彼は27歳。……さて執事、応答の許可を出すわ。いろいろ話をしてもいいわよ」 「はい。……30代と見られたのは初めてですね。茶髪にして若者ぶってみましょうか」 「あははっ冗談よ!執事さんイジケないで!カワイイなあ。あ、黒髪でも老けてないよ!」 香織は明るい性格のようだ。興奮しすぎず爽快ないい笑顔を見せる。 テレビのバラエティー番組の司会に向いているかもしれない。 しかし私が感心したのは葵の機転。ご主人様の立場をうまく利用した違和感なしの会話の流れだった。 葵しか回答していない状況に疑問を持たれずにすむ。 さすが魔女。すました顔で狡猾な思考が湯水のように湧いて出る。 そんなこんなで彼女たちは次の講義時間を迎えた。私が持ってきた教科書が役立つ時がきたのだ。 しかし我が主人は友人にあっさり一言。 「私ちょっと抜けるわ。執事はついてきて!」 友人たちとは別行動、つまり講義をサボった葵。 私は命じられるままにそんな彼女の後を一歩後ろから追った。 * そして到着したのは違う学部の校舎前だ。講義のない学生が歩き回ったりベンチで読書をしたり。 ざわついた周囲に溶け込みながら単刀直入、葵は言った。 「実はね、鬼退治をしてほしいの」 「鬼退治?」 理解に苦しみ小首を傾げた。私はバンパイアだが鬼も現世に存在するのだろうか。 バカにしてみたが眼前の葵は真面目な表情を崩さない。もったいぶるつもりもないらしくすぐに意味を教えてくれた。 「ミズホがいたずらメールで困ってるの。送信者もわかってる。あそこの女よ」 視線の先には談笑する男女のグループ。その中の赤いワンピースの女が犯人らしい。 「ミズホが彼女の元カレと付き合いだしたのが気に入らないらしいわ」 恋愛絡みの怨恨である事はわかった。そして葵がなぜ私にこの事実を話したのか、私に何を求めているのかも直感した。 だから私も単刀直入、ズバッと用件を質した。 「私の仕事とは?」 ニヤリと葵は笑った。回りくどい説明をせず私が理解したのが嬉しかったらしい。 彼女なりの称賛なのだろうが、あれではまるで悪役の笑み。もっと綺麗な笑顔が欲しいものだ。 心の叫びは無論届かず彼女は作戦を命じた。 「バンパイアとなってアイツを脅してほしいの!メールをやめさせて!」 荒々しく命じる葵に私は奮い立った。 事件だ。事件だ。全身が震え高揚した。恐怖などとは無縁のスリルを感じた。 やっと迎えたドキドキワクワク。退屈とはおさらばだ。 楽しそう。 それが今の私の思考のすべてだった。
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