執事、落胆する

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執事、落胆する

嫌がらせメールに悩む友人の池澤瑞穂を救うため葵は私に任務を命じた。 「バンパイアとしてあの女を脅してほしいの!メールをやめさせて!」 友人のために荒々しく命じる葵を前に、私はゾクゾクと奮い立った。 何だかスパイ映画みたいな展開。そう、こういう刺激を求めていたのだ。 よしっ!退屈からの脱却だ! 気合い十分、心の中でガッツポーズをかかげる。 が、そんな私の熱血ぶりとは対照的に、我が主人は冷静だった。 前方で友人たちと談笑する犯人をギンギン睨みながら、まだ何も知らない私に概要を説明してくれた。 「あの女は新山理美。私やミズホとは会えば軽く会話する程度の関係。でもメアド交換はしてるからメールのやりとりはいつでも可能。もちろんLINEもね」 そうして綺麗な顔を歪めて忌々しげに悔やんだ。 「あんな女にアドレス教えなければよかった!」 魔女の葵にも予言できなかったこの事態。言動からも悔しさが伝わる。 新山理美とやらは厄介な人物を敵にしてしまったものだ。私が脅すより葵の呪いの方が効きそうな気すらする。 とにかく事件をおさらいすると、だ。 葵の親友の池澤瑞穂が新山理美の元カレと交際を始めた。 それに嫉妬した理美が瑞穂に嫌がらせメールを送りつけるようになった、と。 葵も問題のメールを見せてもらったらしいが、身体を傷つける等の脅迫まがいの内容だったりプライベートを細かく記したストーカー的なものだったり。 しつこいメールに気持ち悪くなった瑞穂は頼れる友人の葵や斉藤香織に相談。 ああだこうだと意見を出し合い着信拒否を一時期設定したものの、文面からの犯人の手がかりが消えると判断しすぐに解除。 こちらからも「あんた誰!」と返信してみたが音沙汰なし。そして今に至るというわけだ。 ちなみに返信文を入力したのは葵だろう。聞かなくてもわかる。 それにしても犯人の決め手は何だったのだろう?相手のアドレスは未登録者だという。なぜ葵は新山理美と断定している? 「ミズホのアパート近くであの陰険女を何度も見かけたからよ。中傷をSNSで拡散しないのも自分だと気づかれやすくなるから。だからメールでピンポイント攻撃。卑怯な奴!それと、直接文句を言いに行ったときの対応ね」 ん?文句?すでに宣戦布告してるのか。 さすが好戦的な女。行動が早い。まあこのような性格が友人たちから慕われる理由のひとつなんだろうな。 で、おそらく理美はスマホを2機所持している、と葵は推理。 よって強引に奪い取って調べたところで持ち歩いている物からの通信履歴は期待できない。 加えてネットカフェ等を使用している可能性も視野に入れていた。 物証も証拠もない。警察沙汰にもしたくない。だから強行手段に踏み切った。そして確信に結びつく出来事を見出した。 葵に詰問された理美はやたらに冷静で余裕の表情を満面に浮かべて否定したという。 「犯人のくせにあの表情!思い出しただけでもイライラする!」 頬を紅潮させヒステリックにグチる。 当時の葵の心情を私は想像した。溶岩のようにグツグツ煮えた内情を抱え、証拠のなさにトドメの一言を我慢するというもどかしさにイラついていたことだろう。 こういう熱い女、私は嫌いじゃない。むしろ好みだが恋人には遠慮する。 ……脱線したか?とにもかくにも協力は惜しまないつもりだ。 理不尽な理由で犯人扱いの理美には悪いが、瑞穂は気配りの届いた優しそうな女だったし、私も助けてあげたい。 改めて頷くと葵はニコリと微笑んだ。 てっきり喜んでくれたのだと判断したが甘かった。相手が魔女であることを忘れていた。 「みんなの顔を覚えてほしくて執事を呼んだの。教科書なんて別になくてもよかったんだよね」 な!せっかく持ってきたのになんて言い草!余計な毒舌は遠慮しろ。 それに……私を執事に選んだ理由がこの事件に利用するためだとしても構わない。だけど今日の呼集は私の良心を信じて欲しかった。 わざわざ忘れ物をでっちあげず初めから本当のことを話してくれても来たのに。嫌がると思われたのか? ……心外だ。 張り切ったり落胆したり、まるで猫の目のような私の感情。 今はもちろん後者で、深くて重いため息を零しひとまず大学を後にした。 しょんぼり肩をすぼめた背中を見つめるご主人様の別人のような眼差しには気づかずに。
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