執事、落胆する

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* 落胆はしていてもやるべきことはある。 北村家に着いた私は誰もいないのを幸いに自室でコウモリの姿に戻った。 天井から平行に吊した枝に逆さになって留まる。この姿勢が一番のリラックスで思考もまとまりやすい。 詳細は後で葵と決めるとして、いま考えたのは大まかな脅迫作戦の流れ。楽観主義ではないのでピンチの場合も予想する。 バンパイアとはいえ特別な能力はない。足が早いわけでも力自慢なわけでもない。 葵が言ったように脅すのが精々だ。だがそれを最大限に利用し期待に応えたい。 コウモリの姿、人間の姿。ふたつのシチュエーションを考えてみる。どちらも良し悪しを抱えているので臨機応変な対応が重要なのだ。 コウモリ時のメリットはやはり空を飛べること。デメリットは手が使えずドアの開閉、物品の待ち運びなどでは役立たないこと。 ……ん? ふと嫌な悪寒に襲われた。作戦を前に我が主に教えておくべき私の生態に気づいた。 ああ、あの女には言いたくないが今後と自分のために明かさなくてはならない事実がある。 気が重い。言いたくない。弱みは見せたくない。 そう、弱みを握られたくない! けれど場合によっては私の命に関わる。意地を張るのは場違い。 わかっている。わかってはいるが、あの女の性格を考えると話す気も失せる。 だが意を決して話さなくては作戦も立てにくいだろう。 さらに強まる落胆。というより気苦労。プラスされるストレスに老化が早まりそうな気配も。 斉藤香織に30代と指摘されたが、案外本気だったのかもなあ。この数日で急に老け込んだ可能性は高い。 その原因がまもなく帰宅してくる。身なりを整え玄関まで出迎えなくては隣近所まで届きそうな声で呼びつけられる。 あの女に羞恥心は存在するのか?なさそうな気もする。私の全裸を見ても動揺も悲鳴もなかったからな。 男でもいるのか?すでに経験済みなの……ん!?鍵の音! 帰宅だ!人間モードになって早く着替えなければ! どうにか間に合い怒鳴られずにすんだ私はリビングルームでくつろぐ主人の傍らで執事らしく命令を待つ。 「執事、『ミズホ作戦』の計画立てよっか」 お菓子をつまみ彼女はソファから私を見上げた。 それにしてもなんて単純な作戦名。私の名前に対してもだがネーミングセンス悪すぎ! 女子アナ志望らしいが意外といじられキャラになるかもな。 ともかく、作戦考案前に例の事実を言わなくては。 最悪気分を隠し、私はまず発言の許可を求めた。 「申し訳ありません、姫。その前にひとつよろしいでしょうか」 「姫」と初めて呼ばれ機嫌を良くしたか彼女は「よろしい」と微笑んだ。 もはや笑顔に騙される私ではない。どんより気分を抱えたままとうとう告白した。 「コウモリは後ろ足が弱く立てないのです。よって歩けず這うしかない。だから…その……」 次の言葉を言いたくなくて語尾を濁した。 うう、やはり言いたくない! するとすかさず魔女の禍々しい声が。 「何だ執事、続き言いなさいよ」 う、この女すでに弱みだと見抜いてる!ニヤニヤ顔がムカつく。しかし言わねばならない。 「……コウモリの姿のときに何かあったら保護してほしいのです」 「えーどうしようかな」 ぐわぁっ!悔しい!わざとらしい棒読みがイライラする!完璧に遊ばれている! 弱みにつけ込むとは鬼畜すぎ。健気な弱者を素直に救おうとは思わないのか! しかし飛び込んできた声に感情は一変した。 「コウモリ触れないしどうしよう」 「触れない?」 「汚いもの」 「…………」 え、キタナイ……? なんとなく、なんとなく落ち込んだ。 いじめを受けた気分。怒りとか憎しみはちっとも浮かばず、寂しい気持ちになった。 動から静へと気持ちは変わり、私は茫然と立ち尽くして葵を見つめた。
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