14人が本棚に入れています
本棚に追加
若い男女の訪問を国王リゲルは歓迎した。
書類にサインする手を止めて視線で椅子へと促す。
職務に忙しい国王にカインたちは時間を取らせなかった。
すぐさま本題の開始だ。王子と王女の姿が見当たらないと伝えた。
国王は静かに若き剣士の話を聞き続けた。終始無言で冷静である。
無理もない。明朗で活発な、年齢もまだ40代前半の国王だ。少しの事態で取り乱すはずもなく、むしろ事件に火を注ぐタイプ。
皇太子時代から城下で遊んだりの好奇心の塊で、つまり不測の事態に慣れていた。
しかし普段は陽気な国王もアリウスの暗雲の滲む表情の前ではそれを自重した。語るべき内容が或いはそうさせたのかもしれない。
無礼ながらあまり拝見した記憶のない国王の真剣な面持ちに臣下ふたりは気を引き締めた。そして彼らは発言に驚愕したのである。
「実は儂には12歳になる女の隠し子がおって、王子たちに知られてしまったのだよ」
これは国家機密の域である。衝撃の告白にカインたちはまず息を呑んで茫然とした。
王妃が亡くなった後も再婚せず身持ちの固い王として称賛された人物であったが、まさか王妃が健在であった頃に他の女と通じていたとは。
そのうえ落胤まで存在となると政治的にも大事件だ。
自分たちが耳にしてよかったのか、遥かな衝撃はカインたちから声を奪った。
返答の余裕もないと肌と空気で察した国王は会話を進める。核心となる内容だ。
「だが母は違えど妹に変わりなく、ひと目会いたいとふたりでコンピ山の屋敷に向かったのだ」
「おふたりだけで!」
アリウスが口元を手で覆い、悲鳴のような声を上げた。
コンピ山は王族の避暑地として知られる地だ。
だが馬車でも数日はかかり徒歩ともなれば倍以上。途中には街も険しい山道も存在する。アリウスの不安は当然だ。
国王は何やら紙を差し出した。腰を上げるアリウスを制しカインが向かう。手紙だ。
目を通して果敢な剣士であるはずの彼が少し呆れたように黒い瞳を瞬かせた。
『父上、私たち両名はかわいい妹を見るため家出します。ひと月後には戻ります』
なんとまあ単純明快な子供の我が儘。怒りは生じずもドッと疲労感に襲われた。
真面目なアリウスの反応は異なった。右肩上がりの文章や筆跡は確かにフレアのものだ。紙を握って、やるせなさに口紅に染まる形のいい唇を噛み締めた。
国王は机の上で指を組み男女を交互に見つめた。やがて私服姿の剣士に視線を固定させる。
背筋をピンと伸ばして臣下は動くであろう、その時を待った。そして。
「指令を命じる。お主ら両名で王子たちの後を追ってくれまいか?」
意外な追跡依頼に男女は即答を避けた。
予想通りである。国王リゲルは構わず会話の続行だ。納得させなくてはならない。
「何せ事情を知られるわけにはいかぬ落胤事件。多くに事実を明かすわけにも、王子たちを守るためにも最小限の人員で動きたいのだ」
城内外の情勢に通じた両者である。主君の言わんとする不利をすぐに察した。
弱みは対抗勢力や他国に付け入る隙を与えるだけだ。不利を悟られるは国の一大事に繋がる。
アリウスはすでに旅立った王子たちが気がかり。盗賊や人買いと遭遇していないか。身分を知られ騒動に巻き込まれていないか。心配は尽きず責任の重さに嘆いた。
「私のせいだわ。おふたりの悩みに気づけなかったなんて!ああ、なんてバカな世話役なの!私、行きます。ご命令に従います!」
自己嫌悪によるものか、素早く決断。そして彼女は同じ意思を示した男の声を隣に聞いた。
「私も従います」
国王に忠誠を示した剣士。それに反発したのは若き美女だった。
「いけません!あなたはここに残って下さい。城を守るのが職務でしょう!?」
「オレも行く。女ひとりに何ができる」
「バカにしないで!やってみせます。ついて来ないで!」
「うるさいっ!オレは陛下の命に従う。ふたりでとの仰せだ。あなたも従え!」
気性の荒い男女である。国王の御前で口論という醜態を晒した。
しかし眺める国王は楽しそう。『喧嘩するほど仲がいい』との格言を脳裏に若い男女に期待した。
そう、『期待』である。
やがて剣士の申告に憮然と譲歩したアリウスを先頭に彼らは退き、国王リゲルはひとり室内でニヤニヤと笑みを浮かべた。
ここまで作戦は順調だ。ふたりを旅へと出立させ、道中で恋に発展させることこそが最終目的の大作戦。
考案したのは王女フレアで、父である国王をも仲間に誘ってみせた。
そして賛同し、一番の張り切りを見せ脚色したのはその国王。何パターンもの筋書きを立てる懲りようだった。
これは父王の指導のもと起こした家族ぐるみの偽装事件であったのだ。
つまり隠し子の存在は真っ赤な嘘。王子たちが城を離れたのは事実だが、箱馬車で呑気に観光しながらの息抜き。
大好きなアリウスの恋路のために、フレアがカインとのふたりきりの機会を与えたのだ。
哀れにもカインの感情は完全無視である。
こうして臣下ふたりを結びつけたいがための大掛かりな悪だくみは現時点で見事に成功を見せた。
アリウスとカイン。
男女は何も知らぬまま城を出発。旅行と公表した王子たちの追跡を言い付け通り徒歩で開始した。
それはほぼ満月の、明るい月夜の下であった。
最初のコメントを投稿しよう!