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男装の麗人
ファジィ国のうららかな春。
とはいえ夜道を歩く者にとって、その実感はあまりに遠い。
銀色の月明かりの下、ふたつの人影が寄り添うような形を作り山道を進む。
ひとつは長く、ひとつはそれより頭ひとつ分短い。
本体は似たり寄ったりの男物の服を着た、もちろん人間だ。
肩を並べて歩くふたり。けれどターバンを頭に巻いた背の低い方は足早で、せっかちな印象を見る者に与える。
とりあえずこのスピードに合わせて歩く隣人は理由を的確に把握しており、顔をニヤニヤさせて苦もなく黙ってついてきていた。
そして彼は沈黙を破り、少しイタズラをしてみたくなった。
わざと速度を落として相手の背後に付くと、耳元に顔を寄せて「わっ!」と声をあげた。
それほど大きな声でもないが、反応は凄まじかった。
倍以上の大声。というよりけたたましい悲鳴が木々に囲まれた夜の森に木霊する。
「きゃああっ!」
男の格好をしていても声は女。
よく見ると繊細な輪郭に色白の綺麗な肌。華奢な体格。
そう、見事に化けた男装の女であった。
「へえ、女みたいな悲鳴出せるんだ」
震える己の身を抱いて立ち尽くす女を、青年はマジマジと眺めてからかう。
城内の彼女はいつも毅然と理知的で、初めて見る狼狽に内心では意外さも感じていた。
慣れない夜道の恐怖から我知らず足早になり、この山道からの早期脱出をはかった女。
アリウスという名を持つが、元来気性は激しく今は恐怖より憤りが上回った。
「カイン様!こんな時に女をからかうなんて剣士らしくないわ!」
立派な剣を腰に帯びたカインは27歳。若手実力派の、将来将軍職を確実視される剣士だ。
将軍になれば自動的に男爵の称号を得られ貴族の仲間入り。
それを夢見て貴族の名を今から汚さぬよう剣士の仕事に誇りをいだく。
そのプライドからなのか、やはり気性の荒い彼も負けじと応戦だ。
「怖がるあなたを元気づけようとしたオレの善意がわからないと!?」
「わかるはずないわ!もっと別の方法を考えられなかったの!?非常識で大迷惑だわ!」
人気のない夜半の山道で、緊迫感に欠けた舌戦を交わす男女。国王からの任務など完全に忘れている。
ある事情から城を抜け出した王子パウルと王女フレアの双子の兄妹。
コンピ山に向かったその身を追跡する任務を、国王リゲルより直々に授かったのがこのカインとアリウスだ。
王子たちを追跡し、発見しだい城へと連れ戻すことが目的。
ただし半日早く出立した彼らがどのルートで目的地に向かったのかは不明だ。
徒歩か馬車か。ワガママ王子たちの行動にやれやれと肩をすくめるカインである。
一方のアリウスは心底パウルたちの心配をしていた。
女の身では長旅に不向きと、男装までして気持ちを引き締めた。
実は彼女、同行するカインに片思い中であった。
城内では職務関係の会話と眺めるだけの憧れの人。
だが今はこんなに身近に存在している。
けれど誤算がひとつ。まさかこれほど短気で意地悪な男だとは想定外。
夢はまだ崩れていないが、この旅を見極めの機会と定めた。
社交的で人望高く、精悍で凛々しい憧れ通りの男であってほしいと願う。
アリウスに試されているなど知らぬ剣士であるが、彼女に対しても王子たちに対しても不誠実なようでいて忠誠心は人一倍だ。
誇り高き剣士として主君や女子供を守るのは当然。国のためなら命も惜しまない。
しかし立派な忠誠心を見事に裏切ってくれたのは実は主君側。
その点カインの『ワガママ王子たち』発言は的確であった。
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