(1)始まりの隠し子騒動

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(1)始まりの隠し子騒動

多種多様の植物が広大な国土全体で花を開き、芽を出し始めるファジィ国の華やかな春。 国都アストライアにそびえ立つ城の一室では、春の陽気さながらの若い男女の笑い声が響いていた。 一通りの会話を終えたのか少しの静寂。 けれどソファに座る娘はパッチリとした大きな瞳をベッドに向けて、腰を下ろす人物にまた話しかけた。 「知ってる?アリウスはカインのことが好きみたいなの」 「オレも気づいてた!見つめる頻度が多くてもしかしたらって。告白すればいいのになあ」 「無理だよ。意地っ張りで奥手だもん。でも気が合いそうだし、お似合いだからくっ付けたいなあ。それで考えたんだ!」 「ん?」 興味津々、ベッドから離れて彼もソファに向かった。 そうしてコソコソと内緒話を始めたのは、王子パウルと王女フレアの16歳になる双子の兄妹。 王族という以外は平民となんら変わらぬ、感受性豊かで好奇心旺盛な普通の子供たち。 会話や寝食はもちろん、泣き笑い、時には喧嘩だってする。 喜怒哀楽のはっきりとした、でも我が儘ばかりではない誰からも好かれるふたりであった。 何やら怪しい会話を交わす王子と王女。 その中心にいる話題の男女は、自分たちが噂されているなど露知らずそれぞれの職務に励んでいた。 アリウスは22歳。王子と王女の世話係で、特にフレアの面倒を見る機会が多い。 少し堅苦しい真面目な性格。さらに「怒ると怖い」とフレアは本人のいない所で評し、よく似た面影のパウルも隣で「うんうん!」と頷く。 それでもふたりにとって姉のような存在で、信頼度は抜群だった。 カインは城内、そして国を守る長身で逞しい剣士だ。 5名のみ在任の将軍職に現存するひとつの空席。近い将来そこを埋める人物になるのではと有望視される27歳の青年であった。 アリウスとカイン。接点がないようで意外に城内で顔を会わせる機会は多く、挨拶や手短な会話なら毎日のように交わす。 ただし内容は必ず職務関係で、プライベートな話題は一切したことがなかった。 原因はアリウスだ。社交的なカインは何度か彼女に些細な日常会話を持ちかけていたが「忙しいので」とあしらわれていた。 そのたびに広い肩をすくめて彼女の遠ざかる華奢な背中を見つめ続けたものである。 そして今まさにふたりは対面を果たしていた。王女たちの内緒話から一週間後のことである。 偶然ではなくカインが女を探し求めていたのだ。 「アリウス殿、パウル王子はいずこに?剣術の練習時間なんだが、忘れて釣りに行ったのでは」 「え?王子様なら先ほど練習時間だと言って部屋から出て行かれましたけど」 そうなのだ。彼女は王子とすれ違ったばかり。変わった様子も見受けられず、発言通り練習場に向かったと思っていた。 だが王子の姿はなく無人と言う。胸に暗雲が漂い始めた。もうひとつの不安を抱えていたから。 いつも毅然とした彼女には珍しい困惑の眼差し。何となくカインも戸惑うなか躊躇いがちな声を耳に聞いた。 「あの……カイン様、王女様を見かけませんでしたか?ピアノのお稽古の時間なのにやはりお姿がなくて」 「王女も?すまない、オレにも行方はわからないな。でもふたり揃って行方知れずとはおかしいな」 「ええ、おふたりとも練習を抜け出すことなどないのに」 色の白い綺麗な顔全面に不安を漂わせる。 こんな表情もするんだな、とカインは内心で不謹慎な思考を浮かべ、純粋な正義感からその不安を取り除いてあげたいと話を進めた。 「陛下のもとに行ってみよう」 「まだ早いわ。もう少し探してみましょう?陛下にいらぬご心配をおかけするわ」 「時期尚早と判断を誤ってからでは遅い。練習を無断で抜け出す王子たちでないことはあなたも承知のはずだ」 黒の瞳に揺るぎはなく、しっかりとした口調で語る男に、アリウスは信頼を込めて無言で秀でた顎を頷かせた。 一致団結。肩を並べて主君の執務室へと移動しかけた時。 「カイン!」 廊下に響いた女の声が剣士の動きを阻んだ。予期せぬ人物の登場だ。
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