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エピソードⅡ 地元のバー
ヒロシは飲み直すこととした。店を出て電車を乗り継ぎながら地元へと向かった。小さな出来事だが先ほどの店の女将と自分の部下の接点が気に入らない。電車に揺れながら思った。
「福元のやろう、俺は手も握ったことがないのに抱き合っただと!?」
ヒロシは、女将と抱き合った時の女将の胸が自分の体にあたる感触を想像した。
「やれやれ。」
ヒロシは煩悩を振り払った。
地元の駅に着いた。改札を出て、商店街を進み行きつけのバーに向かった。バーに入ってみると、ママともう一人、カウンターに20才過ぎぐらいの清楚な身なりの先客の女性がいた。ヒロシはドアに近いほうカウンター席に座った。先客の女性は見覚えがあった。女子大生のシズカだった。ママの息子のリョウの彼女だ。
客の年齢層が高いバーだ。いかがわしい店ではないが、学生客はめったにいない。シズカのような女子大生ならなおさらだ。ということでヒロシは内心察した。
「(どうやら、ここでリョウと待ち合わせだな。)」
シズカは黙々とスマホをいじっていた。時折、スマホの振動音がして、それに反応して何かしらを打ち込んでいる。愛くるしいシズカの顔がいつになく真剣だ。少々困ったような悲しいような表情をしている。どうやら、リョウとスマホ上でやり合っているらしい。シズカはチラチラとママも気にしている。母親公認で付き合っているが、彼氏の母親の前で揉めているところを見せたくない気持ちもあるのだろう。
ママがヒロシに言った。
「ごめんなさい、気が利かなくて。何にする?」
「マッカランをロックでもらえる?」
「今日はどこかで飲んできたの。」
「あー、2件目だよ。」
ヒロシは笑い話に銀座のおでん屋でのジェラシー話をママに聞いてもらおうと思ったが、シズカのやるせない雰囲気が店に漂っていて他の話題を探そうと思案した。
その時だった。シズカが突然立ち上がった。びっくりしてママとヒロシがシズカを見た。
「今日は会いたくないって、私がしつこくしちゃったから・・帰ります。」
そう言って、カバンと上着を持って走るようにドアから出て行った。
ママとヒロシはシズカが立ち去って行くの唖然と見ていた。ママが怒って言った。
「もう、ほんとにリョウはバカ息子なんだからっ! シズカちゃんかわいそう。」
どうやらシズカは仲直りをしようと母親がやっているこのバーでずぅっと待っていたららしい。
なんか胸キュンとなったヒロシがいた。
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