エピソードⅠ 銀座のおでん屋

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エピソードⅠ 銀座のおでん屋

 中秋の日の入りが早まった夕暮れ過ぎ、ヒロシはお気に入りの銀座のおでん屋の暖簾をくぐった。  この店は銀座七丁目の高級クラブ街にあるのだが、雑居ビルの地下1階の小さなスペースに店を出している。いわゆる銀座価格ではなくて庶民的、高級クラブの華やかさとは違ってゆっくり出来る隠れ家なのだ。  何よりも、この女将が美人さんでファン客が多い。ヒロシもいらぬ期待をしている女将さん狙いの一客だ。女将は30代後半なんだが童顔でアイドルっぽいのだが、いつもは白い昭和風の割烹着を来てカウンターに立つ。50を過ぎたヒロシの世代には、なつかしさを感じるようでたまらない。  若く見える女将だが、子供が3人もいると聞いた。一番上はそろそろ高校を卒業するというから、計算すると・・ティーンの時に子供を産んでいることになる。女将は結婚していたのかは話さない。今は誰とも籍をいれていないことだけが客達にはわかっている。小さなおでん屋でも銀座に店を構えられるということは、女将をモノにしたパトロンがいるのかもしれない。それでも男たちはいらぬ想像をして店に通うのである。  この店は17時半から開いている。それから小一時間ぐらいは空いている。ヒロシは良くその時間を狙って店に通っていた。なぜなら、客が少なく、場合によってはヒロシ一人の時もあり女将を独り占めできる可能性が高い。  その日、ヒロシが店に入ったのは18時を回った時だった。あー残念、今日は先客が二人いた。でもその二人は何故かテーブル席に座って飲んでいる。ヒロシは思った。 「他の客いるけど、女将の前の席は独り占めだな。ラッキーだ。」 そのまま女将が立つ目の前のカウンター席に座った。 「お帰り~!」 女将に"お帰り"と言ってくれるまでの客になっていることは、この店では鼻が高い。 「ただいま~。」 ヒロシはチャラけて返答する。 ヒロシはビールとおでんをいくつか頼んで飲み始めた。カウンター横にはテレビがおいてあり、昭和のポップミュージックが流れていた。今風の女将だが、こういう演出がオジさんたちにたまらない。  女将はこうみえてスポーツ観戦が好きだった。例えば国際試合になると白い割烹着を青い日本代表ユニホームに着替えてカウンターに立つ。そういう日は客全員で女将とともにテレビを観ながら日本チームの応援で盛り上がるのだ。  ヒロシは、女将と世間話をし始めた。時は日本シリーズまっさい中だ。プロ野球の話で盛り上がった。先客の二人は互いに仕事のことで話し込んでいるようで女将をひとり占めしている。楽しい夜の酒になりそうだ・・、と思ったところで、3人の客が入ってきた。運悪くカウンター席に座る。ここで女将とヒロシの会話は途切れた。  新客三人への注文取りが片付いたところで、女将が横を向きヒロシに話しかけた。 「あー、そういえば。」 「何かあった?」 「昨日は空いていてねぇ。」 「なんだ、昨日もくれば良かった。」 「そうよ、来てくれれば。それでね。」 「?」 「福ちゃんが9時過ぎにフラッ来たわよ。」 福ちゃんとは、ヒロシの部下だ。この店に一度連れて来た。ヒロシ同様に女将を気に入ってちょくちょくとヒロシに関係なく?、来ているらしい。 女将、 「その後、お客さん誰も来なくってね。副ちゃんと二人で日本シリーズ応援してた。」 「えぇー!、あいつずるい。」 「そしたら、最終回で大谷がサヨナラホームラン!」 「ななんと!」 「二人で乾杯、抱き合ってお祝いしちゃった!!」 あどけない顔をした女将があっけらかんと言った。ヒロシは少々顔を引きつらせながら作り笑を返した。 抱き合っただと! 自分の部下に妬いているヒロシがいた。
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