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翌日の朝、家を出ると麻美が待っていた。
既に昨日の出来事をLINEで伝えていた。塾の前で真田先輩が彼女といたことを、「ごめんね」と言われてしまったことを。
麻美は紺のマフラーで口元を隠していたが、冷たい空気のせいか頬は赤かった。
「ごめん!!」
突然、麻美は物凄い勢いで頭を下げた。地面に頭を叩きつける気なんじゃないかと思う程に。
「え……、どうしたの……?」
「私が、『塾の帰りに約束でもしてこい』なんて言ったから……、言わなかったら、恭子は昨日みたいに辛いことにならなくって済んだのに。本っ当にごめん!」
「……そんなこと言いにきたの?」
「『そんなこと』じゃないよ!」
麻美は顔をあげた。よく見ると目が赤かった。昨日泣いていた私ならわかるがなんで麻美の目が赤いんだろう。
「私、恭子を傷つけるつもりなんかなかった。こんな風にしたかったわけじゃないんだ。なんか……、なんかさ……」
髪をグシャグシャとかきむしる麻美を見ていると、私が悲しくなってきた。
「バカだな」
私が言うと麻美は「え?」と口を開けたまま茫然とした。しょっちゅう「バカなの?」と言われる私が、麻美に「バカ」と言ったのは初めてかもしれない。
「バカだな、って言ったの。別に私が勝手に失恋しただけ。麻美に煽られてなかったとしても、真田先輩に彼女がいる事実は変わらないの」
「それは、そうかもだけど……」
「それに、ちゃんと『彼女』を見ることできてよかったよ」
「え? そうなの?」
「うん」
「なんで?」
麻美は意味がわからないというような顔をした。私は、少し間を置いてから微笑む。自分の中ではできるだけイジワルっぽく微笑む。
「私よりすっごい綺麗な彼女だったから」
「は?」
「中途半端な人だったらさー、『あ、私にも望みあるかも』とか思っちゃうじゃん? それが私なんかが何回整形しても敵わないぐらい綺麗な女と付き合ってるんだよ? 『あ、これは無理』ってわかったからよかったよ」
私がそこまで言うと、麻美もまた笑った。
「ま、自分のレベルは知っておかなきゃね」
「あ、ひどい! そこは『そんなことないよ。恭子だってかわいいよ』って言うところでしょ?」
私が言うと、麻美は大袈裟に溜め息をついた。
「ごめん、私、嘘は言えなくて。思ってもないこと言えないんだ」
「ひーどーいー!」
私も麻美も玄関先でバカみたいに声をあげて笑った。こうやって笑ってくれる友達がいてくれて、本当に幸せだ。
私は一年の時、麻美と最初に友達になれてよかったと思っている。私の高校生活最大のファインプレイだ。
次の春が来てもずっと、麻美とは友達でいたいと思っている。
まだ冬の寒い日、凍えるような寒さだった。マフラーを巻いていても、手袋をしていても寒い。だけど、この日は何だか足取りが軽かった。私と麻美は笑いながらゆるい坂道を降りていった。
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