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やがて秋になり、二学期の期末テストも終わった。成績が下降気味だった私は親に塾へ通うように言われた。ちょうど真田先輩が塾に通っていると知った私は同じ塾の冬期講習に申し込んだ。
県内でも有名な塾で、難関大学をめざす高校生が大勢通っている。講義のレベルも教科書より高く、正直ついていくのも厳しかった。
それでも同じビルの中にいるのだし、偶然、真田先輩に出会うこともあるのではないかと期待していた。
その期待は叶い、塾の中でバッタリ会うことができた。
ある講義が終わり、休憩室でお茶のペットボトルを買おうとしている時だった。
「あれ? 葉山?」
実はとっくに休憩室に真田先輩がいることは知っていたが、私は偶然を装い、
「あ、真田先輩。偶然ですね」
と努めてつくり笑いを浮かべて答えた。
「葉山もこの塾に通ってるの?」
「はい、成績が下がりまくっちゃって。あ、マネージャー辞めたわけじゃないですよ。冬期講習の間だけ通ってます」
冬休みの間は、学校が閉鎖されるので、部活は禁止になっている。
「そっか、葉山がいないとサッカー部も困っちゃうからな。続けてくれてるのは嬉しいよ」
真田先輩は笑顔がなんだか懐かしくて、私は泣きそうだった。
*
『……って、それだけ?』
電話越しの麻美がため息を付くのがわかった。どうやら呆れられているらしい。
「え……、ダメ?」
『ダメじゃないけどさ。同じ塾に通ってれば会うこともあるよね。それで休憩室でちょっと話した。……それだけ?』
「うん」
『そこから進展とかないんかい!』
語気が強まるのがわかった。
『成績下がってるなら今度教えてくださいとか何でも言えるじゃん?』
「でも、先輩はセンター試験前だし、今、迷惑かけるわけにいかないよ」
『バカなの? 試験後でも何でもいいじゃん。約束を、既成事実をつくるの!』
バカ呼ばわりされたのに怒る気にもなれないのはなぜだろう。
「うーん……、約束かぁ」
『冬期講習っていつまでなの?』
「明後日かな?」
『じゃ、明後日に何か約束でも作ってきたらいいんだよ。一緒に帰りましょうとかでもいいし。電車で途中まで一緒に帰れるんでしょ?』
「それはそうだけど……」
『もー、真田先輩とつきあってみたいんでしょーが!!』
その言葉の返事に私は詰まった。
つきあうとかありえることなんだろうか。
いろいろ妄想しているくせに、いざ現実的なことを考え出すと全然想像できなくなっていく。私が、どんな場面で告白するというんだろう。
麻美の言うとおり、少なくとも、私が動かなければ何も始まらないんだろう。
『あと三ヶ月で、真田先輩は東京に行っちゃうんだよ?』
麻美の言葉が胸に刺さった。
春には、先輩はいないのか。こうやって、偶然会えることもなくなる。グループLINEでしか会話したことのない私なんて忘れられてしまうんだおろう。
「……当たって砕けろ、だね」
『砕けなくていいんだけど……』
電話越しに麻美が笑ったのがわかった。
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