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最終日だというのに、英語の講義に今一つ集中できないまま、十七時になった。
私は、そそくさと荷物をまとめた。なるべく話しかけられないようにそそくさとコートを着た。
「葉山ー」
カバンを手に取って歩こうとした瞬間、誰かに名前を呼ばれた。
無視してしまおうかと思ったが、名前を呼ばれて気づかないフリもできないと思い、私は恐る恐る振り向いた。
そこには、中学の同級生・川合秀行がいた。高校は異なるが、中学時代はクラスメイトだったこともあり、何度か話したことがある。
「今度さー、ウチの中学のメンバーで遊ぶんだけどさ、葉山も来ない?」
なんで今、そんな誘いをするんだ! と叫びたい心を強引に押さえつけて、私は愛想笑いを浮かべる。
「へー……、そうなんだ」
「舘森とか小暮とかも来るんだ。葉山ってあいつらと仲が良かったろ? 舘森とか『恭子を呼べるなら呼んでほしい』って言っててさ」
中学時代、一緒に行動した二人の顔が脳裏に浮かんだ。すごく懐かしかった。近頃は全く会っていない。呼んでほしいと言ってもらえるのは嬉しい。
しかし、今日は真田先輩のところに行きたいんだ。
「えーっと、ごめん。急いでてさ、また連絡するよ」
「え……」
「ごめんね!」
戸惑う川合くんを置き去りに、私は、駅伝で襷を受け取り、先頭集団を追う選手のように駆け出した。
講義室を出て、廊下を見渡す。講義が終わったばかりのせいで、エレベーター前は混雑していた。私は階段から降りることにした。
階段を駆け下りながら、私は考える。昨日から何度も妄想していたことを、私は考える。どんな風に真田先輩に話しかけようかと。
春になっても続く関係にするために、私は何を始めよう。
一階に辿り着くと高校生でごった返していた。
自動ドアの向こうはもう暗かった。そんな暗い外の景色の中に、見慣れた姿を見つけた。後ろ姿だったが、それでもわかった。あれは真田先輩だ。外にいるんだ。私は自動ドアに向かって、早足で歩く。
その時だった。
真田先輩の首にフワッと何かが巻かれた。長い何か。
あれは何?
自分への問いかけに、瞬時に自分の脳が答える。あれはマフラーだと。赤、白をベースとしたブロックチェックのマフラー。
背の高い真田先輩の後ろ姿に隠れたその向こうにいる誰かが、真田先輩にマフラーをかけたのだ。
あれはどう見ても女物だ。男性が買ったりするものではない。
自動ドアが開き、冬の夜の冷たい空気が私に襲いかかる。その空気を振り払うこともできず、私は半ば茫然としたまま足を進める。
真田先輩の肩より低い位置に茶色の髪が見えた。少し歩みを進めると、その全体像が見えた。小柄で線が細く、茶色の綺麗なサラサラとした髪の女の子がそこには立っていた。
あの子がマフラーを先輩にかけたのだ。おそらくは自分のマフラーを。
ただの女友達が、男友達に自分のマフラーをかけたりするだろうか。私ならば、きっとそんなことはしない。
いつものように頭の中だけで妄想が進む。
『こんな寒いのに、風邪でもひいたらどうするの? 試験前なのに』
とでも言ってマフラーをかけるとしたら、それは恋愛関係、つまりは『彼女』しかいないだろう。
こんな時でも私の妄想は勝手に進む。
いつもと違うのは、私はただの傍観者、先輩の前に立つ女の子がヒロインだ。
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