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「お、葉山」
立ち尽くしていた私に、真田先輩が気づいた。
私はさっき川合くんに向けたような愛想笑いをしたかった。
『偶然ですね、今帰るところですか?』
そんな感じで話しかければいいだけだ。
でも、できなかった。
私の視界が歪み始めた。視界がボヤける。なんでだ。
「葉山……?」
真田先輩の心配そうな声で気づく。私の目から涙が流れ始めていることを。ダメだ、こんなところで泣いちゃダメだ。
「知ってる子?」
冷たい空気の中に澄み渡るような声が聞こえた。先輩の隣に立つ茶髪の女の子の声だった。私はその人の顔を見ることが出来ず、俯いた。
「サッカー部の後輩。マネージャーしてもらってる」
先輩が言うと、その女の子が「そう」と言う声が聞こえた。突然、泣き始めた女に何を思っているんだろう。不思議な奴、変な奴、気持ち悪い、そんな風に思われてしまっているかもしれない。
「ごめんね」
そんな声が聞こえた。私が顔をあげると、その人は私の前に立っていた。
綺麗な人だった。小さな顔に大きな瞳に長い睫毛、艶々とした唇、なんとなく年上に見える大人びた顔立ち、私なんかじゃどう頑張っても勝てないぐらいに綺麗だった。
そんな人が私に「ごめんね」と言った。寂しそうな表情だった。
この人はわかっているんだ、私が泣いている理由を。『彼女』である自分の存在が彼氏の後輩を泣かせたのだと。
「美優? どうしたんだ?」
真田先輩が彼女の名前を呼んだ。
「優斗は黙ってて」
彼女は真田先輩の苗字ではなく、名前を呼んだ。
そんな短い会話が、私の胸を締め付けた。この二人はきっとただの友達なんかじゃない。
さっきみたいに自分のマフラーを巻いてあげる、あの仕草だけで伝わった。もうこの二人は強い絆で結ばれている。私が割り込むことはできない。そう思った私の目からは大粒の涙が流れた。
ダメだ。泣いてちゃダメだ。
私は大きく息を吸って気持ちを落ち着かせようとした。涙声にならないように意識しながら。
「貴方は何も悪くないです。私が勝手に好きになっただけです」
私は声を絞り出した。
美優と呼ばれた彼女は、哀しげな表情で一つ頷いた。
なんで私を見ながらこの人は哀しい表情をするんだろう。
「何もしてあげられなくてごめんね」
その言葉に私は首を横に振る。この人は何も悪くない。
「それじゃ」
軽く頭を下げて、私は駅に向かって私が歩き出す。
真田先輩は、追いかけてはこなかったし、声もかけてくれなかった。
もちろん追いかけてほしくなんかない。誰も悪くない。
私が勝手に好きになって、勝手に失恋しただけだ。誰も何も悪くない。
でも、私の恋は終わった。
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