4

4/4
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「お、葉山」  立ち尽くしていた私に、真田先輩が気づいた。  私はさっき川合くんに向けたような愛想笑いをしたかった。 『偶然ですね、今帰るところですか?』  そんな感じで話しかければいいだけだ。  でも、できなかった。  私の視界が歪み始めた。視界がボヤける。なんでだ。 「葉山……?」  真田先輩の心配そうな声で気づく。私の目から涙が流れ始めていることを。ダメだ、こんなところで泣いちゃダメだ。 「知ってる子?」  冷たい空気の中に澄み渡るような声が聞こえた。先輩の隣に立つ茶髪の女の子の声だった。私はその人の顔を見ることが出来ず、俯いた。 「サッカー部の後輩。マネージャーしてもらってる」  先輩が言うと、その女の子が「そう」と言う声が聞こえた。突然、泣き始めた女に何を思っているんだろう。不思議な奴、変な奴、気持ち悪い、そんな風に思われてしまっているかもしれない。 「ごめんね」  そんな声が聞こえた。私が顔をあげると、その人は私の前に立っていた。  綺麗な人だった。小さな顔に大きな瞳に長い睫毛、艶々とした唇、なんとなく年上に見える大人びた顔立ち、私なんかじゃどう頑張っても勝てないぐらいに綺麗だった。  そんな人が私に「ごめんね」と言った。寂しそうな表情だった。  この人はわかっているんだ、私が泣いている理由を。『彼女』である自分の存在が彼氏の後輩を泣かせたのだと。 「美優? どうしたんだ?」  真田先輩が彼女の名前を呼んだ。 「優斗は黙ってて」  彼女は真田先輩の苗字ではなく、名前を呼んだ。  そんな短い会話が、私の胸を締め付けた。この二人はきっとただの友達なんかじゃない。  さっきみたいに自分のマフラーを巻いてあげる、あの仕草だけで伝わった。もうこの二人は強い絆で結ばれている。私が割り込むことはできない。そう思った私の目からは大粒の涙が流れた。  ダメだ。泣いてちゃダメだ。  私は大きく息を吸って気持ちを落ち着かせようとした。涙声にならないように意識しながら。 「貴方は何も悪くないです。私が勝手に好きになっただけです」  私は声を絞り出した。  美優と呼ばれた彼女は、哀しげな表情で一つ頷いた。  なんで私を見ながらこの人は哀しい表情をするんだろう。 「何もしてあげられなくてごめんね」  その言葉に私は首を横に振る。この人は何も悪くない。 「それじゃ」  軽く頭を下げて、私は駅に向かって私が歩き出す。  真田先輩は、追いかけてはこなかったし、声もかけてくれなかった。  もちろん追いかけてほしくなんかない。誰も悪くない。  私が勝手に好きになって、勝手に失恋しただけだ。誰も何も悪くない。  でも、私の恋は終わった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!