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一体誰の話だろうと思う位、ピンと来なかった。明確な目標を抱えて着実に努力する冷静沈着な男というイメージしかなかったから。
「そうこうしている内にぶっ倒れて、気がついたら枕元に片桐さんがいた。キヨ、片桐さんに叱られたことあるか?」
「いいえ……」
「じゃあ自慢になるかな。俺の意識が戻ったのに気付いたら胸ぐら掴む勢いで迫ってきて、怒鳴るかわりに唸られた。のたれ死にてーらしいけど、絶対殺さねーぞって。それでしばらく入院してたんだけど――」
「えっ、そんなに悪かったんですか?」
「大丈夫、もう治ったよ。片桐さんが仕事の合間に色々面倒見てくれて、なんでそんなに俺に構うんだって聞いたら……これ本当に自慢になるけど、言っていいか?」
青柳は、まるで小さな子供の様に目を輝かせていて、そんな顔をさせる片桐を羨ましく思いつつ私は頷いた。
「好きだからに決まってるだろ、お前のピアノに惚れてんだよって。じゃあ付き合いますかって返したら、バカそういう意味じゃねーよ、ピアノって言ったろって赤くなって可愛かったよ。その時につい告白した。俺、本当は片桐さんのことが好きな奴と無理矢理付き合ってたことあるんですよって」
私のことだ。
「そしたら全部お見通しって顔で言われたよ。それで挫折して自暴自棄になったのか、ダッセーって。無理矢理でも付き合えたなら努力し続けりゃいいのになんで諦めたんだ、お前らしくねーなって。それで気付いた。別れるのがキヨの為だなんて逃げる言い訳に過ぎなかったことにさ」
それなら私の方も言い訳だったかもしれない。青柳には私よりも西野の方が相応しいだなんて、自信がなくて努力を怠っただけではないか。
「だから決めてた。もしもキヨの方から会いに来てくれたら、今度こそ捕まえて放さないって」
背後から椅子ごと抱き締められた。優しく、そして力強く。
しばらく幸せに浸ってから、私は尋ねた。
「えっ、じゃあ片桐先輩は俺達のこと――」
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