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黒いあいつ
いつもと同じ朝。
いつもと同じ空気。
いつもと同じ部屋のにおい。
ぼくは朝ごはんを食べるために寝床から起き出した。
人に見られてはいけない。親や兄たちから散々言われてきたことだ。
なるべく光を逃れ、人の目を逃れ、陰の世界を生きてきた。それがぼくたち家族。
ぼくの家族はいつだって、光当たる場所で虐げられてきたのだから。
ぼくたちは誇り高き「黒の一族」だ。
ぼくもぼくの家族もみんな、黒いことを誇りに思っている。
けれど人々はそれを嫌う。
だから両親は命を奪われ、兄弟たちはばらばらになってしまった。
それでも今は亡き両親にもらった命を次の世代につなぐため、ぼくはこの世界を必死に生きている。
どんなに隠れていても、生きるためには食べ物を調達しなければならないし、そのためには移動する必要がある。大体の場合は夜の闇に紛れて移動するのだが、ゆうべ食べ物にありつけなかったため腹が空いていたぼくは、タイミングを見計らって明るい場所へと飛び出した。
急げ、急げ、次の陰まで。この時間ならきっとまだ人は少ない。
そう思っていても、やはり運には抗えないもので。
角を曲がった瞬間にばったりと、人に出くわしてしまった。
まずい、と慌てて足を止めたが手遅れで。ばっちり相手と目が合ってしまう。
――あれ?
いつもなら誰もが皆ぼくたちを見た瞬間に醜悪に顔を歪めて罵倒してくるというのに、その人はなにも気付かなかったようにあっさりと目をそらして、すたすたと歩いて行ってしまった。
これはどうしたことだろう。
拍子抜けしながら、予定通りの食事場所へと移動する。
しかし驚きはこれだけではない。
この日はなぜか、その後出会う全ての人が、驚いたような顔こそすれ、嫌な顔をすることも罵倒したり暴力をふるってきたりすることもなく平和な日々だったのだ。
あれ。今日はなんだか隠れなくても大丈夫そうだ。なぜだろう。
不思議に思いながらも緊張気味に町の片隅を歩いていて、ふとショーウインドウに映った自分の姿に驚いた。
真っ白だ。
ぼくらが疎まれてきた理由、それは黒いから。
ぼくらの家族はこれを誇り高き漆黒と称していた。
その大切な黒が、無くなってしまったんだ。
びっくりしたのとわけがわからないのとで、無我夢中になって走り出す。
ぼくが走るといつも悲鳴を上げて逃げたりあるいは怒り狂って追いかけて来ていたはずの人々が、なぜかこちらを見ない。
どうして。どうして。どうして。
ぼくはもしかして、光の下で生きても許されるようになったのか。
それとも家族とはちがうものに成り果ててしまったのか。
喜べばいいのか嘆けばいいのか分からない。
落ち着いたところでもう一度自分の手を見下ろしてみる。そこには変わらず、真っ白な手があるだけだ。
白い。こんな色見たことがない。
明るいところを歩いても、睨まれない。逃げられない。誰にも疎まれない。
それは生まれて初めての経験で、だんだんと現実を飲み込んだぼくは、せっかくだから思う存分この体を満喫しようと思ったのだ。
温かいお日様。花の香り。空を飛ぶ鳥はちょっと怖い。苦手な動物は追いかけてこない。そしてなにより人の目を気にしなくていい。
世界がこんなに輝いていたなんて!
心がふわふわしていたぼくは油断していたのだ。
はっと気付くと、目の前にはこっちを見下ろして立ち尽くすうつくしい女性の姿。
いつもなら逃げられてしまう。もしくはぼくの方から逃げている。
でもきっと、今のぼくなら。
淡い期待が頭をもたげて。勇気を出して、話しかけてみることにした。
(こ、こんにちは)
「ぎゃあー! なにこれ白いごき
ばちん!
ぼくの目の前は真っ黒になった。
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