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-幕間-
言の葉が驟雨となって、とめどなく、とめどなく智子の裡(うち)に降り注ぐ。
それは智子の拙き半生とは、あまりにもかけはなれたもの。
智子が識(し)らぬ言葉。
しかし、それはたちまちのうちに智子を充たし、席巻し、怒涛のように荒れ狂い、奔流となって智子の身を突き動かす。
『私も未だ十九才の若輩で、そればかりが残念です。人は一度は死するもの、平常あちこちにご無沙汰ばかりし ――守らねばならない―― お身体を大切に、そればかりがお願いです。親に甘えた事、叱られた事、皆懐かしいです。生と死と何れの考えも浮かびません。頼まれたことを果さずに散ってゆくのは心が残ります。身を海軍に投じて以来未知の生活、今、国のために散って行く私です。御身大切にごきげんよう。日本男子の本懐これに過ぐることなく、 ――守らねばならない―― じつに日本の国体は美しいのです。今日の海の色、見事なものです。決してなげいて下さいますな。母上様御元気ですか何卒よろしく ――守らねばならない―― お願いします。出発まで時間がありません。一言、最後の言葉を。日本男子として本当に男に花を咲かせるときが来たのです。今度攻撃命令を拝して、出撃することになりました。 ――守らねばならない―― 比べれば短いですが、父母上様、長い間お世話になりました。母上お許し下さい。御姉上様、合掌、最後に当たり何も言うことはありません。 ――守らねばならない―― 日本の国へ帰って、今更言う事はありませんが、弾が命中したら、必ずや敵の空母を撃沈します。お母さん お母さん お母さんと。数々の思出は走馬燈の如く胸中をかけめぐります。抑々海軍航空に志した時、 ――守らねばならない―― 真っ先に許されそして激励して下さったのは、父母上様ではなかったでしょうか。攻撃直前記す。何も知らない僕を、 ――守らねばならない―― 皆々様もお元気に。日本に帰るときに母様より呉々も言われた事、慈しみ育て下されし母。いつまでも仲良くお暮らし下さい。今日まで猛特訓に毎日を送ってきたのです。私は潔く死んでいきます。私も喜んで大空に散っていきます。 ――守らねばならない―― 幾度か思い切って呼ばんとしたが。一寸の孝行もせず、あの悠々たる白雲の間を越えて、坦々たる気持ちで私は出撃して征きます。今こそ大声で呼ばして頂きます。心から感謝しております。 ――守らねばならない―― 今それが報いられ、しかし父母様にお別れするに当たり、では私は只今より攻撃に行きます。再合掌。 ――守らねばならない―― 不安な点もありますが、身をもって守ることを光栄としなければなりません。ただただ二十年の人生を育てて下された父上様、母上様、今私は澄んだ気持ちです。白紙の心です。日本の兵隊生活は最後の魂の道場でした。既に今日あるは覚悟の上でしょう。 ――守らねばならない―― さぞかしご満足されることでしょう。ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺。ただただ大空に身を捧げんとして予科練に入り、私はその美しく尊いものを、有難い母 尊い母。祖母様方に何とお詫び申し上げてよいか判りません。戦いは日一日と激しさを加えて参りました。さぞ淋しかったでしょう。何と意志薄弱な俺だったろう。我六歳の時より育て下されし母。突入の日に生涯をこめた声で父上を呼んだことだけは忘れないで下さい。俺は幸福であった。 ――守らねばならない―― 海軍に入営してより、永い間本当に有難うございました。日夜の訓練によって心身共に磨き清めて来ました。突然でさぞかし驚かれると思いますが、立派に男子の本懐を全うします。 ――守らねばならない―― 最後に年老いた両親に迷惑かけたことを、深く悔やんでおります。私も魂のみたてとして、継母とは言え世の此の種の母にある如き。 ――守らねばならない―― よく教え導いてくださったことは、私は実に長く感じました。この大空の決戦に参加できることを、深く喜んでおります。悠久の大義に生きる栄光の日は今を残してありません。もっと孝行がしたかった』
――守らねばならない――
――守らねばならない――
――守らねばならない――
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