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エピローグ
「いやぁ、まだ胃が痛い……。あのときは死んじゃうかと思ったよ。まったく!」
実家の居間に寝転びながら智子は一人ぼやいた。
先日の覚悟は、すでにひとかけらもなかった。
あのとき、智子は落雷と同時に、山のいたるところに巧妙に隠された司令室へと通じる穴へと飛び込み、その身を隠したのだった。
大沢は一命だけはとりとめたものの、落雷の衝撃による複雑骨折と大火傷の重症を負った。よほどの衝撃を受けたのだろう。噂では、医師の問いかけにも答えることなく、あらぬ虚空を見つめては、ただひたすら、鼠のように怯え続けているそうだ。
大沢の入院を受けて村の再開発計画も白紙に戻った。企業ももはやブランド価値を失いつつある農作物に、将来的な見込みがないと判断したらしい。近々撤退するとの噂だ。
村人たちも今までの状況が異常だったことに気づきはじめてきたようだ。智子に接する態度も次第に戻りつつある。
御神体がなくなったということで、からっぽになった祠は智子が儀式を執り行い、解体することとなった。
「ちょっとあんた、就職活動してんの?」と母親
「やってるよぉ。たまに」畳に寝そべり、指先で猫のあごをなでながら智子は肯う。
「いやぁ、この安心感。ごはんが食べれてお風呂に入れて。働く気が失せますな」
「しかし、ご先祖さまというのはありがたいもんだね」猫を胸に抱きながら、智子はふとつぶやく。「ずいぶん立派な人たちばっかりだったんだよ」
「当たり前でしょ、ばか。あんたもちょっとは見習いなさいよ」
*
金色に揺れる稲穂の間を郵便局のバイクが走っている。
智子の家の前でそれは止まった。
玄関の引き戸をガラガラと開けると、郵便局員が声を上げた。
「こんにちはー! 智子ちゃんいるかい。書留だよー!」
「はーい」
玄関へ、ぱたぱたと歩む足音が近づいてくる。
ふと郵便局員は顔を上げると、不思議そうな面持ちでゆっくりと辺りを見回した。
たくさんの人たちが笑って見つめているような。そんな気配を感じたからだ。
局員の持つ封筒には、指で隠れているものの、護国“ ”社と記されていた。
――神は、ここにいる。
了
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