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プロローグ
『ウィードーーー!! 何処まで行ったんだ!! 全く、リードを放すとすぐ何処かに行っちまうんだから!!』
この悪態を吐いている青年の名は飯塚 翔真。浪人二年目が決まったばかりの予備校生である。そのイライラとストレスのせいというわけでもないが、つい大声で叫んでしまったのだ。
まあ、御多分にも予備校から帰ったばかりのところ、母親に半ば強制的に犬の散歩に行くよう言われたことも加味しているのだが……。
『あ〜〜あ、またあと一年間も浪人生活送らなきゃいけないのかよ! ホント、これから先、俺の人生どうなっちまうのかなあ〜!』
と、早くも将来について悲観し始めていた。
先ほど翔真が叫んだ ”ウィード“ これこそが彼自慢の愛犬の名であり、犬種はロットワイラー、勇猛果敢な大型犬である。原産はドイツで、ドーベルマンをゴツくしたような外観をしている。日本ではあまり馴染みがないが、アメリカなどではなかなかの人気犬種である。やはり強くて格好いい犬がいいということで、翔真が父親に無理言っておねだりして買って貰ったのだ。
なかなかこの犬種のブリーダーを探すのも一苦労で、値段もかなり高額だったため翔真にとっては責任持って世話しなければいけないプレッシャーに、浪人中で大学受験を控えているプレッシャーも加わり、さらにそれらに追い打ちをかけて…、不合格。最近はイライラする事と落ち込むことの繰り返しばかりだった。
そんな翔真の心境などいざ知らず、その自慢の愛犬ウィードといえば、他の犬やこの辺りに生息している野生動物の匂いを嗅ぎつけたのか、どんどん翔真から離れてしまっていた。
このウィード、散歩中何度か他の犬とケンカになりそうな場面もあったのだが、この立派な体格のせいか結局は相手の犬がウィードの迫力に圧倒され、尻尾を下げ、スゴスゴと退散していくばかりであった。
一方、飼い主の翔真はというと、こちらもウィードの事などどこへやら、
“な〜んで、俺だけまたあと一年勉強しなきゃいけないんだよ〜。ホント、母さんに何て言い訳しようかな〜、って、どうせバレるよなぁ〜。マジでもう歩くのかったるくなってきたよなぁ〜。” 完全にネガティブな妄想の迷宮に入り込んでしまっていた。
もう自分が何処を歩いているのかすらわからなくなっていた。 何分、いや何十分歩いたろうか? 気がつくと、知らない間に今まで来たことのないところまで来てしまっていた。
『あ、あれ?ここ何処だ? ったく、ウィードのヤツ何処まで行ったんだ?
足音も聞こえないしなぁ〜?』
いつもなら聞こえてくる動物の声も、今はうそのように静まり返り、自分が歩く足音しか耳に入って来なかった。
不気味なくらいの静けさが支配していたーーー。
“ったく、今夜はやたら静かだよなぁ〜。マジで気味悪いくらいだぜ……。
何か暗闇から突然、現れそうだよなぁ………。”
“もう、歩き疲れたし、そろそろ帰ろうかなぁ〜。って言っても一人で帰るわけにはいかないし………。アイツ、ウィードを連れて帰らないと。
って言うか、アイツ本当に何処まで行ったんだ?”
“もしかして、何か見慣れない動物の匂いを嗅ぎつけて、その匂いを夢中で追跡してるのかもしれないなぁ〜?”
そんな独り言ともとれるセリフをブツブツ呟いていた時であったーーー。
『ギャ、ギャギャン!! ギャン、ギャン!』
と、突然、何か動物の悲痛な叫び声が耳に飛び込んで来た。
翔真は咄嗟に何も身動きが取れず、暫く固まったままであった。
何が起きたかも瞬時には把握できないでいた。
人はこういった状況に遭遇するとなかなか咄嗟には動けないものである。
気持ちは動こうとしているのに、体は何かの束縛にあっているかのように動くことを拒否されているようであった。
そのため、翔真がなかなか動けずその場に立ちすくんでいるその時であったーーー。
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