海の唄

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 荷物を置いて早々に、コウは父の家を出た。舗装されていない黄色い道路の端を歩きながら左に視線を流すと、白い砂浜に波が優しく打ち寄せていた。真っ青な空の色を写した青い波が、時折白く濁っては去ってゆく。  ココナッツを大量に積んだ小さなトラックが時折通る道路を十分歩くと、他とは少し違う一軒の家が見えてきた。家の前の桟橋には、ボートが止まっている。  コウは一度ボートを覗き、誰もいない事を確認してから家の扉を叩いた。中から顔を出したのは、縮れた赤毛の女。エメラルドグリーンの瞳が、コウを写し揺れる。 「コウ、帰ってきたのね」 「久しぶり、マリア」  そう言ってマリアは躊躇なくコウを抱き締めた。まだ成長しきらぬコウをすっぽりと抱き竦めたその腕は、すぐに解かれ荒れた手が肩に添えられる。 「少し痩せたわ」  七年ぶりの再会なのに、とコウは少し笑った。それに安堵したのか、マリアもまた微笑むと扉の中へとコウを導いた。 「みんなに顔を見せてあげて。あなたに会いたがっていたから」  日本から遠く離れたこの地に来る事を決めた理由は、父だけではない。海洋生物、主にクジラの研究をしているこの施設は、かつてコウが毎日のように通っていた場所だ。クジラの声を初めて聞いたのもこの研究所だった。海を愛おしく思うようになったのも、ここだった。  一頻り少ない研究員との再会を終え、コウは残りの一人を探して狭い研究所を見渡した。 「ロブはどこ」 「お散歩しているわ。そのうち帰ってくると思う」  ロブはこの研究所の所長であり、イギリスから来た老人だ。サンタクロースのような風体が、この南国にあまりにも不釣り合いだった。とても優しく、そしてコウに海を教えてくれたひとである。 「あ、ほら」  そう言ってマリアが窓の外を指さす。コウははやる気持ちを抑えきれず開け放たれた窓から身を乗り出した。変わらぬ白髪に、立派な白い髭。だが、ロブの隣には見慣れぬ少年の姿があった。 「あれロブの孫?」 「そう、ローア」  ロブに孫がいたなど聞いた事がないが、当時はまだ幼すぎてそもそもそんな事に気がいかなかった。未知の世界が燦然と光り輝いていただけだ。 「へえ、あまり似ていないな」 「海が大好きな所以外はね」  マリアの言葉に適当な相槌を打つと、コウは弾かれるように飛び出した。
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