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すべてのはじまり。
「おるちゃん、お疲れさま!」
店に入ってすぐ、おるはカウンター席に座っていた常連客に声をかけられた。声をかけたのは、ピンクのクマ柄パンツを身にまとい、鼻眼鏡をかけた奇異な姿の黒猫だった。彼女とおるは、このbarで知り合い、顔見知りになったbar仲間だ。たまにこうして店で会うと、声を掛け合い、談笑する間柄である。
「mちゃん、お疲れさま~! 今日は一番乗りね」
「ふふっ、そうなの。これもマスターへの愛のなせる技かしら……」
奇異な姿の黒猫m氏は頬杖をつき、カウンターの中にいるマスターに意味ありげに熱い視線を送った。
その瞬間、カウンターでグラスを磨いていたマスターがこめかみに青筋をたて、素早い動きでm氏に向かってアイスピックを投げた。しかし彼女は涼しい顔でそれを華麗に避け、壁にアイスピックがブゥンと音をたてて刺さる。それをみたマスターは小さく舌打ちをしたあと、再び何事もなかったかのようにグラスを磨き始めた。そう、この一連のやり取りはこのbarではよくある、じゃれあいである。今のところ、奇跡的に怪我人は出ていない。
m氏の隣のカウンター席に座ったおるは、壁に刺さったアイスピックをみて、密かにため息をついた。
「mちゃん、相変わらずマスターと仲が良いのね、妬けちゃうわ」
おるの言葉に気を良くしたm氏は、ななめ45°の角度でキメ顔をつくり、穏やかな口調で言った。
「まあね。私、マスターに愛されてるから。
ツンデレなマスターの相手は大変だけど、それも愛かなって、今は思ってるのよ?」
それを聞いたマスターが、静かに2撃目のアイスピックを手にとった。的は勿論、m氏である。
「mちゃん、マスターのこと愛してるのね。
わかるわ、私もそうだもの。
マスターを慕う気持ちだけは、mちゃんにも負けないつもりよ」
その瞬間、m氏とおるの間にピリリとした空気が流れた。m氏とおるは見つめあい、無言で火花を散らしている。その脇でマスターがm氏に向かってアイスピックを投げたが、紙一重でそれも避けられ、今度は床にビィンと刺さった。それをみて舌打ちをするマスター。このbarの様式美である。
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