2人が本棚に入れています
本棚に追加
***
目が覚めた時、真っ先に視界に入ったのは医務室の白い天井だった。
最近よくお世話になりすぎているため、もはや見慣れてしまった無機質な白い天井。
自分がまだ生きていることを認識して、神崎は目を閉じる。
傍らから聞こえた小さな寝息に、ふと視線を向ければ御神が突っ伏して眠っていた。
ゆっくりと体を起こした神崎は、辺りを見渡し、自分の所持品がどこにもないことを確認して肩を落とす。
こうなることは薄々わかっていた。
そろそろ潮時かもしれない。
御神を起こさないように、神崎はそっと寝台を抜け出し、履物が見つからなかったので素足で医務室を抜け出した。
誰にも会わないように細心の注意を払い、人気のない場所を探してただ歩く。
一人で考えたかった。
情報を整理したかった。
御神が目を覚ませば、病室を抜け出したことはすぐにばれるだろうし、探しに来た彼に連れ戻されるのも時間の問題だ。
ほんの少しでいいから、今、一人になる時間が欲しい。
離れの渡り廊下にある大きな丸窓。
その窓枠に腰かけてぼんやりと外の雪景色を眺めている神崎を発見したのは、神月だった。
「……おい。もう傷はいいのか」
「……良くはないが、寝ていても治りが早くなるわけではないからな」
「あっそ……」
医務室へ連れ戻されるかと思ったが、意外にも神月はそれ以上何も言ってこない。
ただ居心地悪そうに神崎の傍に立ち尽くしたまま、しばらく視線を泳がせていたが、やがて意を決したように神崎を睨み、目の前に拳を突き出す。
「手を出せ」
「……はい?」
「いいから、さっさと手を出せ」
ぶっきらぼうにそう言われ、神崎が大人しく右手を差し出すと、神月はその手のひらに何かを乗せる。
「これは、あんたが持っていたほうがいいと思った」
それは壊れて欠けていたが、神月の兄が身に着けていた、六花のピアスだった。
「……没収されてしまったと思った」
「あんたが握りしめて離さなかったんだよ」
そうか、と呟いた神崎の顔がくしゃりと歪む。
破損したピアスを壊さないように、そっと握りこんだ手を胸に当てて俯く。
「教えてくれ。兄貴に……会ったのか」
神崎を回収して撤退する際、神月は目撃している。
倒れていた彼の傍に、鬼の残骸と人骨があったのを。
そこで一体何があったのか、詳しいことはまるでわからないが、薄々察していることもある。
それでも聞きたかった。
ちゃんと聞いて、現実であることを確認したかった。
彼の口から直接、兄のことを聞きたかった。
神月の問いに、のろのろと顔を上げた神崎の深い悲しみを宿した瞳は、それでもまっすぐに神月を見据える。
まだ胸に残っているであろう痛みをこらえ、嘘偽りなく真実を口にする。
「……あぁ。俺が、殺した」
***
忘れられない。
いつまでも深い傷跡となって残るであろう、あの雪原での出来事を。
憧れだったあの人の最後の姿を。
きっと雪を見るたび、あの人の最後の微笑みを思い出してしまうだろう。
それを、忘れることなんてできない。
<終>
最初のコメントを投稿しよう!