ユキオニ

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*** その人は、五年前に俺が所属していた隊のリーダーだった人で、 当時の俺にとって、目標だった人で、 家族のいない俺には、兄のような存在だった人で、 五年前の任務の際に、生死不明で、行方不明となっていた人で、 その人は現在、 鬼堕ち化して、『鬼破隊』と敵対していて、 「【鬼纏い、白鬼】」 そして今、俺の目の前に、敵として立ちはだかっている。 「さぁ、僕と遊んでおくれ。神崎」 *** 御神を庇って白い糸に拘束され、霧の壁の向こう側へと引きずり込まれた神崎が目を覚ますと、そこは市街地ではなく辺り一面真っ白な雪原が広がっていた。 状況把握に戸惑いつつも神崎は瞬時に起き上がると、臨戦態勢をとるべく身構えようとした時、声をかけられる。 「手荒な真似をして悪いね、神崎」 それは、神崎にとって聞き覚えのあるとても懐かしい声で。 「こうでもしないと、二人きりで話をさせてもらえないと思ってね」 おそるおそる振り向いた神崎の前、真っ白な雪原の中をゆっくりと歩み寄ってきたのは、 「神月、さん……?」 かつての鬼破精鋭部隊『鬼纏い』のリーダーであった男。 「久しぶりだね、神崎。生きていてよかった」 五年前と変わらぬのんびりとした声音で、白い鬼面を被った男が言った。 落ち着け、と神崎は自分自身に言い聞かせるように何度も内心で呟きながら、必死に動揺を抑えこんで思考回路を巡らせる。 幻影か、幻覚か、それとも【カクレオニ】の擬態か、なんにしても悪趣味だ。 「警戒するのも無理はない」 そんな神崎の動揺を察したのか、白い鬼面の男が静かに囁く。 「……あんたが本当に神月さんなら、その鬼面を取って顔を見せてくれ」 神崎の頼みに、白い鬼面の男は首を横に振る。 「……すまないが、それは無理だ」 せめてもの敵ではないと示すためか、白い鬼面の男は武器など何もないと示すように両手を広げて見せる。 「【鬼纏い】は【呪い】だ。僕の身体はもう、この呪いに蝕まれ引きはがすことはできない状態にある」 告げられた言葉に、神崎は息をのむ。 知らなかったわけではない。 鬼纏いが呪いであることは、修得する前から聞かされていた。 修得者たちは、呪いであるとわかっていながら鬼面を手に取り、鬼を纏うことを選んだのだから。 「……それに、僕が本物の神月なのかどうか、君の知っている神月のままなのかどうか、正直もう僕自身にもわからないからね」 まるで謎かけのような言葉に、神崎はますます混乱する。 男の白い鬼面からは何の表情も読み取れない。 「大丈夫だよ。ここにいるのは僕と君の二人だけ……君を監視する者は、誰もいない」 この空間では通信機も、発信機も、盗聴器もすべて無意味、外部との繋がりが一切途絶えた世界だと、白い鬼面の男は語る。 その言葉を信じるなら。 本物の神月にしか答えられない問いかけが、一つだけある。 「……なら、一つ答えてください。もしそれに答えられたら、俺は……あんたを神月さんだと信じます」 黙って続きを促す白い鬼面の男に、神崎は告げる。 「あんたしか知らない、俺の……【名前】を答えてください」 それはかつて、誰にも知られてはいけないと、神月自身に警告された秘密。 神月以外、仲間内では誰も知らない秘密。 「……君は、【神崎】の家の後継者でもなければ、神崎の血を引く人間でもない、養子だったね」 その通りだ。 神崎は、神崎の【家名】を名乗ってはいるが、本当は神崎家の人間ではない。 「君の背には痣がある、それは家紋だ。そして僕は……その家紋を、父の 書斎にあった古い書物の中で見かけたことがある。その家紋は、今ではもう途絶えてしまって存在しないはずの一族……【神凪】家のもの。推測でしかないが、君は……もしかしたら【神凪】家の生き残りである可能性が高い」 正直、自分自身のことではあるが、神崎自身、それが真実かどうか判断できない。 神崎には、神崎家の養子になる以前の記憶がないからだ。 調べようにも、神凪家は、すでに途絶えている一族。 それもつい最近途絶えたものならまだしも、神月によると、神凪家が滅んだのは今からおよそ百年前だという。 そんな一族の家紋を背に刻んでいる自分は、一体何者なのだろうか。 誰もが必ず持っている、おのれの〝真名″すらわからない、神崎としか名乗れない自分。 神崎は深く息を吐いた。 「……その通りです、神月さん」 神崎の言葉に、お互い張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。 残念なのは、素直に再会を喜べるような状況ではないことだろうか。 「信じてくれて、嬉しいよ。……でも、すまない。僕に残された時間は、それほど長くないんだ」 「それは、どういう……」 「……君は僕に、聞きたいことがあるだろう?」 問いかけを遮られながらも、投げかけられた神月の言葉に、神崎は素直に頷く。 聞きたいことなら山ほどある。 一人で考えるだけで誰にも言えなかったこと。 心の内にとどめるばかりで言葉にできなかったこと。 神崎が覚えている時間から数年後に目覚めてから今まで、無理やり抑え込んでいた思いを、堰を切ったように吐き出す。 「教えてください、あの時、俺が氷漬けにされた後……神月さんたちに、何があったんですか…?」 「君は、どこまで知っている?」 「神月さん、神峰さん、多神を残して、神堂さんのサポートで神埜が氷漬けの俺を運んで鬼の領域の外まで脱出した。神埜が俺を外に運び出した直後、領域を覆う結界が強化され、誰も入れなくなった。先遣隊および俺と神埜を除く鬼纏いの班員は、行方および生死不明扱い」 神崎の回答に、視線を落とした神月が小さく息を吐く。 「……やはりそれだけか」 「おそらく、神埜も俺と同じく監視されています。そして何か、口止めもされている」 「だろうね」 即答する神月は、何かを知っているようだ。 「君に、僕の知る限りの全てを語ろう」 ***
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