父と翔

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「お父さん、翔のことどうして知っているの?」 食卓を囲みながら私は父にそう問い掛けた。 「言ってなかったか。安曇工業は数学オリンピックのスポンサーをしているんだ。このオリンピックの入賞者は将来の日本のモノ造りを支える貴重な人財だからね。私は三年前から資金を出している。その優勝者が、この市に住んでる高校生だった。興味が湧かない訳がない」 「そうなんだ・・」 私は納得して頷いていた。 「茜。今度、翔君を紹介してくれ。私も話をしてみたい」 「分かったわ。お父さん、今度はいつ早く帰れるの?」 その後、父の海外出張等の関係で翔を夕食に招いて父に紹介したのはその三週間後だった。 父と翔の会話は最初ぎこちなかったけど、父の会社で世界に先駆けて開発をし、量産を開始する予定の『全固体電池』の話に及ぶと二人の会話が一気に弾んだ。 「そう云えば、安曇工業は世界に先駆けて全固体電池の量産化を計画していますよね」 翔が目を輝かせて父に聞いている。 「ああ、そうだ。いくつかの企業で全固体電池の実験室レベルでの開発は出来ていたが、量産の目処を立てたのは世界でも初だ」 父も嬉しそうに答えている。 翔が頷くと続けた。 「現在主流の二次電池はリチウムイオン電池ですよね。でも最高性能は確か正極のニッケル酸リチウムの仕様だと思いますがエネルギー密度は二〇〇Wh/kg程度だと思います。例えば電気自動車用には一〇〇kWh程度のエネルギーを搭載したいですから、リチウムイオン電池では五百キロもの電池を搭載しなくちゃいけませんよね。全固体電池はどんな性能なんですか?」 その翔の言葉に父の技術者魂に火がついた。目が輝いている。 「うん、我が社の全固体電池はその十倍の二〇〇〇Wh/kgのエネルギー密度を確保出来ている。そしてコストは十分の一だ。またフル充電まで五分で終了出来る性能を持っている。この電池が量産出来れば世界は大きく変わる。全ての車は電気自動車になるだろうし、開発中の電動飛行機も実現出来る。そして超大型の電力貯蔵施設も安価で建設出来て、発電量が安定しない太陽光や風力等の再生可能エネルギーだけで地球の総エネルギー消費を賄える様になるんだ」 その言葉に翔の目も輝いていた。 その日は、夕食が終わった後も、父は翔と技術論議に花を咲かせていて、翔が帰宅したのは午後九時を廻った所だった。 彼を見送った父は私に言った。 「茜、彼の知識は凄いぞ・・。安曇工業で採用したいくらいだ。CTO、チーフテクノロジーオフィサーとしてな・・」 私は首を傾げて父を見つめた。 「お父さん、それは難しいかも・・。彼の夢は遠くの星へ行くことよ。彼は自分の知識を宇宙開発へ捧げたいと思っているわ。残念だけどね・・」 そうか・・っと、父は残念そうに翔の後ろ姿を見つめていた。
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