縮退炉開発

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縮退炉開発

翔が私にプロポーズしてから三年が経過した。 私達はアメリカと日本との遠距離恋愛を楽しんでいた。今では無料通話アプリで太平洋を挟んだこの距離でもビデオチャットが出来る。だから、実際(フィジカル)に逢うことが出来なくても、毎日のビデオチャットでお互いのことや相手への気持ちを伝えることが出来るから・・。そして半年に一度は実際(フィジカル)に日本かアメリカで二人で逢うことが出来ていた。 その日、翔は日本に帰国すると、私と一緒に安曇工業の横浜製作所を訪れていた。父が研究している新技術を翔が見たいと言ったからだ。 私達は横浜製作所総合研究所に在る特殊研究棟内の極秘試験室に特別許可を貰って入った。 そこの部屋の中央には一辺二メートルの超強化ガラスで囲われた球体の機械が設置されている。機械の周りには複数のパイプや配線が取り巻いている。 「これが縮退炉の理論(コンセプト)試作機(プロトタイプ)・・」 その強化ガラスに駆け寄り、翔が食い入る様にその機械を見つめている。 「そうだ翔君。未だ縮退反応はこの炉内で十マイクロ秒しか起こせないからあくまで理論機(コンセプト)ではあるが・・。縮退炉が完成すれば地球のエネルギー問題は一気に解決出来るし、人類は重力すら制御出来る様になる筈だ」 父がそう翔に答える。 「僕もそう思います。安曇さん。縮退炉を完成させる為の現状の最大の課題は何ですか?」 その問いに父が少し考えて答えた。 「継続的な稼働には縮退連鎖を安定して行う必要があるが、今の技術では連鎖反応を継続させる材料、つまり縮退炉の燃料を開発出来ていない。そこに目処を立てない限り、この技術は実験室(ラボ)止まりだろう・・」 翔が頷いている。 「この材料開発の為に、私はこの横浜製作所内に『縮退炉先行開発棟』を建設中だ。全固体電池の量産工場建設費の回収も今からだから、会社の財政的(キャッシュフロー)は非常に厳しい状況だが、私の夢だからね。何とか実現させたいと思っている」 翔は父のその言葉を聞いて目を輝やかせながら大きく頷いていた。 私達はその日、横浜ランドマークタワーの六八階にある高級レストラン『ルシェール』で二人で夕食を取った。窓からは横浜みなとみらいの素晴らしい夜景を見ることが出来る。 私達はその眺望とそして絶品の料理に舌鼓を打ちながら、楽しいひと時を過ごした。特に翔は今日見た縮退炉の理論機(コンセプト)に感動した様で、嬉しそうに父の凄さや縮退炉が完成した人類の未来の夢を語っていた。私は父と同じ様に技術で夢を語る翔が本当に大好きだった。 「・・茜・・。相談が有るんだけど・・」 美味しいデザートを食べ終えてコーヒーを飲んでいると翔が突然そう話し掛けて来た。 「なに・・?」 「・・僕のスペースYでの仕事についてなんだけど・・。」 「うん? なに?」 私がそう言いながら翔を見つめると、彼は少し困った様な顔をして私から視線を外した。 「あっ・・、いや・・。あとで話す・・よ」 そう言って彼は窓から見える夜景に目を移してしまった。
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