さくら色に歌えば

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* 一連の出来事から数週間経った、ある日の放課後のこと。 「なぁー、頼むよ! 誰か一人でいいからさ、ボーカルスカウトしてきてくれよ!」 俺は佐々木に頼まれごとをしていた。 佐々木と俺は軽音楽部に所属していて(俺はほとんど幽霊部員だが)、来る定期ライブのための練習に励んでいる。 佐々木の所属するバンドメンバーが先日、退部してしまったためボーカルを探しているのだという。 「ボーカルメンバーを探してきてほしい」そのセリフを今日だけでも、二十回は聞いた気がする。 「誰か歌上手いやつ、いないのかよ~頼むよ」 佐々木が俺の肩を揺さぶる。 朝からこんな調子の佐々木に俺はウザさを感じていた。 そのせいもあったかもしれない。 俺は出来心で決して言ってはいけないことを口にしてしまった。 「いるっちゃ、いるけど……一人だけ……」 聞こえるか聞こえないかの声量で言うと、佐々木は目をキラキラと輝かせた。 眩しい……。そんな目で俺を見るな。 「誰!?ってか、いるなら早く言えよ!」 佐々木は身を乗り出して、鼻息を荒くする。 「……立花さんだよ」 後ろで帰り支度をしていた立花の動きがピタリと止まった。 「え? なになに? 立花って、きょーこちゃんのこと? そうなの? きょーこちゃん」 いつから下の名前で呼ぶような関係になったんだとツッコみつつ、内心では取り返しのつかないことをしてしまったと後悔していた。 立花は虚を突かれたように固まっていたが、すぐにいつもの笑顔で 「そんなことないよ。私より上手い人なんてたくさんいるよ」 と返した。立花は早口で続ける。 「ごめんね。私にはできないから他をあたって」 「え~そこをなんとか」 「ごめんね」 立花は申し訳なさそうに微笑む。 その表情が俺の中の感情を突き起こした。 二年前のあのとき、寒空にも臆せず歌っていたAnnzu。 歌が誰よりも好きで、歌うことが喜びで、自分の歌を聴いてもらえることが幸せで。 そんな感情が滲んで、溢れていた。 人々を魅了する才能を持っているのに、それを見ぬふりしているような今の立花に俺はもどかしさを感じた。 「俺からも頼むよ」 「宮ノ下くんまで……なんでよ……」 立花はおろおろとして、不安げな表情を浮かべている。 「だって、立花さん、あんなに楽しそうに歌ってたじゃんか……俺、また、聴きたいんだよ。立花さんの……いや、Annzuの歌」 立花は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。 体を震わせて、顔は紅潮している。瞳は潤んでいた。
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