さくら色に歌えば

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「立花さん……」 俺の声に気付いた立花は振り返る。 泣いていたのだろうか。目が赤く腫れていた。 「宮ノ下くん……」 「あの……さっきはごめん……」 「うん……」 立花の声はいつもの落ち着いたものに戻っていた。 俺と立花の間に沈黙が通り過ぎる。 沈黙を破ったのは立花だった。 「宮ノ下くんは、まだ、なんで私がAnnzuの活動をやめたか知りたい?」 俺は頷く。立花はカフェで話をするというと駅ビルに行くよう促した。 おしゃれなジャズが流れる店内で、テーブル越しに俺と立花は座った。 立花は雨が降るように静々と語りだした。 「私は昔から歌を歌うことが好きだった。ギターやピアノを演奏することも。もちろん、自分が表現することも楽しかったけど、一番嬉しかったのは私の歌を聴いた人が喜んでくれることだったの。そのうち、路上ライブを始めるようになって……私の楽しみは増えていった」 思い出を語る立花の表情は幸せそうだった。 「けど、ある夏の日に起こった出来事が私の生活を狂わせた……」 立花は表情を曇らせた。端正な顔立ちが苦しそうに歪む。 「その日も路上ライブをしていたんだけど、いつもより帰りが遅くなっちゃって……疲れていた私は男が後を付けていることに気が付かなかった……それで……私は…………」 立花はそこで口をつぐんでしまった。 耐えるように瞼をぎゅっと閉じて、俯いている。 「……暴力をふるわれた私は家から出ることができなくなった。また、襲われるんじゃないかと思うと怖くて……SNSにあげてた写真も動画も全部消した。それで、私はAnnzuとしての活動をやめたの…………」 立花は言い終わると静かに泣いた。 俺は何度も泣かせてしまったことを申し訳なく思う。 「ごめん……辛いこと思い出させっちゃって……」 立花は涙をぬぐいながら、首をフルフルと横に振った。 「でもさ、これだけは言わせて。Annzuの歌を聴いたあの日、受験の発表日だったんだ。第一志望だったのに落ちてさ、もう何もやる気でなくて」 俺は自嘲気味に話す。 「そしたら、Annzuの歌が聴こえたんだ。あんなに寒いのにすごく一生懸命歌ってて、元気もらったんだ。だから、ありがとう」 俺がそういうと立花は真珠みたいに大粒の涙を流して、嗚咽を漏らした。 「なんでそんなこと言うの……また、歌いたくなっちゃうじゃん……」 立花は子供みたいにしゃくりあげて泣いていた。
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