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春。温かくなってマフラーもそろそろ要らなくなってきたね、と話していると、彼女は真剣な顔で俺にこう言った。
「マフラー、返して」
驚いた。今の会話の流れの中で、別段ケンカをしていた訳でもないし、マフラーに対して何か不満を言った記憶はない。
……あ、一度だけ言った事があった。
そういえばこのよれよれのマフラーを笑った事があったのだ。「不格好だね」って。そうしたら彼女は言い返しはしなかったけども、むうっと膨れていたのだ。自分の失言にすぐに気付いたけども、謝るタイミングを逸してしまったのだ。
あれから彼女は何も言わないし、俺自身も言わないように気を付けていたからすっかり忘れていた。
「ごめん、あの時笑ったのは悪かったよ」
俺は素直に謝った。それに彼女はキョトンとして、ハッと気付いてパタパタと手を振った。
「あぁ、違う違う。違わないけど違うの。
それはそれで怒ったんだけど、実際私、下手くそだったし。それで怒ったら私の方が変だよ。だから、そのマフラーに今年の分を継ぎ足したいの」
は? 継ぎ足し?
言葉の意味が分からずキョトンとしている間に、彼女は俺の首からスルリとマフラーを抜き取った。
「待ってて、今年の秋までにはもうちょっと練習してマシになってるはずだから」
春の日差しを浴びる彼女のはにかんだ笑顔は、いつもより輝いていた。俺は何も言い返せなかった。
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