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ある独想
黒く、長い三つ編みが靡く。いつもは面に隠された切れ長の瞳が、月の光に薄く開く。何かが起こる日は、こんな月の日ばかりだ。
「後悔してるのか」
いつの間にか傍に来ていた、狐の面をつけた同僚の硬い声が問い掛けた。常に何キロもする銃器を持ち歩く脳筋な彼は、いつもまっすぐで遠慮のない言葉を投げてくる。相棒の自分にとっては、それが心地よくもあるけれど。
「まさか」
それにへらっと笑うと、面の下で彼がムッとしたのが分かった。全く分かりやすいのはいつまでも変わらない。気に入らないと彼はすぐに肩に力が入る。
「私が聞いてるのは、逃がしたのを後悔しているかでは無い。切り離したのを、だ。」
「それは、手のこと?二人の関係のこと?」
即座に質問で返しても、返事はない。真っ直ぐこちらを見やる面の狐に、口角を持ち上げて嘘臭く笑って見せた。その表情を狐の面とよく似ていると揶揄った同期は、そういえば何時居なくなったのだろう。
「心配ないよ、きっとより求め合い強く結びつくだろうから。」
そんなことを考えながら言えば、納得したのか狐面の彼はフンと鼻を鳴らして去っていった。その背中に、習慣づいた言葉を投げかける。
「気をつけろよ、そろそろ日が昇る。」
行ってらっしゃいと同等の意味合いを持つそれを言えば、彼は少しだけ振り向いて片手を挙げて見せた。
彼が去れば、また月の明かりは煩い程視界を満たす。あの日の少年の紫水晶のような瞳も、月の光を受けて透けるようだったのを思い出した。
「嗚呼、彼は少し君に似ていたっけ。」
おどけた後に控えめに笑う鈴のような声が好きだった、般若の面をつけていたその同期の名前は、なんだっただろうか。そんな別れを、何度繰り返しただろうか。
「大丈夫、もう間違えない。俺たちだけは、自分の信じる自分でありたいからね。」
そう小さく呟いて、三つ編みの男は烏天狗の面をつけ直した。
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