少年は今

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「優雅な食事に感謝するよ、ありがとう☆君の美しい顔が見えたなら今すぐキスでもしていたところだ!」 朝から彼は騒がしい。 あれから何故かああなってしまった彼は周りを引っ掻き回した。先生の覆面に掃除用具を引っ掛けて、先生の素顔をばらしてしまったり(意図的にというより事故だが、この後女性だった先生を口説きにかかった為わざと説が出回っている)、自分でご飯も作ると言い出してキッチンに乱入したり、今までの僕達の価値観をかき乱すことばかりする。おかげで健康診断が倍に増えた。 けれどそんな自由な彼を、少し羨ましいと思ったのは僕だけじゃないと思う。 彼の奇怪な行動に怒るもの、乗っかるもの、笑うもの、淡々と注意するもの、無視するものなど、彼の行動への返し方でもまた個性が産まれる。そういう時、ジュハは堪らなく嬉しそうな顔をする。超絶可愛いものを見た時のような、心から嬉しそうな顔だ。その理由はわからなかったけれど、僕にはその笑顔の向こうに誰かがいるのがわかった。全く一緒だった名残りだろうか?とにかくその相手がすごく大切なのだと知った。 けれど、だからと言って何か行動を起こす気はなかった。誰かは気になったが、それだけだ。そこまで僕は昔から変わっていない方だからか、相変わらず無気力な僕はそれを知っても今まで通り適当に生きていた。 だからそれは単なる偶然だ。たまたま、探し物をしていて様々な部屋を漁っていた時に、冬用の布団置き場の倉庫から微かな物音がして、気になって見に行っただけなのだ。 ーーー彼は泣いていた。 満月がよく見えるように窓を開けて、夜を照らす明るい満月に祈りを捧げるように手を組み合わせて、ただ静かに泣いていた。 それがあまりに美しく、まるで宗教画のような神聖さに息が止まった。容姿では無い。容姿は自分と全く同じなのに、その見たことも感じたことも無い感情に耽る表情に目を奪われた。彼は僕では無かった。まるで未知の生物のように感じて後ずされば、ふと彼がこちらを見た。 「僕に見蕩れていたのかい?」 困ったように笑った彼が、まるでいくつも年上の大人のように感じた。僕は徐ろに彼の隣に座って、同じように月を見上げてみた。涙が出ないことに泣きそうになった。 「君が他人だということを感じていた。」 ポツリと零せば、彼は嬉しそうに笑った。そうか、なんて声も弾んでいて、個性が産まれるのを見た時の笑顔だと思った。だから今、僕に個性が産まれたのだと気がついた。 「……楽しいとか、苦しいとか、そんなの感じたことも無かったんだ。彼に会うまで。」 月を見上げて、ジュハは零す。 「知らなければ楽だったろうけど、それじゃあなんの意味もないただの兵器のままだったんだ。彼が、『生きる』とは何かを教えてくれたんだ。」 だから、と続けた彼の目は何かを決意した強いもので、それがジュハが言う『彼』の目なのだろうと気がついた。そしてその道が、酷く険しい道だということにも気がついた。こういう時、僕らは他人なのに感情を分かり合える不思議さにムズムズする。 「だから、次は僕が彼を助けるんだ。」 右手首を強く握るその意味がわからないまま、僕はまた静かに涙を流し出した彼の背中をゆっくり撫でた。 彼はそれに釣られるように、小さく話を続けた。 「僕は彼に、返さなくちゃいけないんだ。希望と、を。」
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