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少年Bの懺悔
「ーーーこの世界を、変える為に。」
そう言った俺は、あの時どれほど傲慢だったのか。今なら分かる、味方ができて、楽しい日常に浮かれていたんだ。認められるなんて初めての事だったから。
*****
生まれたところは企業に成功した大金持ちの第三子だった。親の話をよく聞く、マニュアル通りで利口な兄と姉は親二人の自慢の子供だった。
ーーーーだからこそ、俺はその家の中で異質だったのだろう。
「どうして言う通りにできないのよ!」
「お前は病気なんだよ、馬鹿。」
「気持ち悪いから話しかけないでよね?」
「どうしてお前はこうなってしまったんだろうな。」
話を聞かずに悪戯ばかりして、体を動かすことが大好きな俺に両親は頭を抱え、俺は小学校高学年を目前に学校より高度な教育機関に俺を引き渡された。学校から渡される問題行動報告の書類が3枚以上あれば入れるらしい。問題児だった俺は容易く入学を許可され、そこで刑務所のような教育を受けることになる。
男は坊主にしろと言われ、服は真っ黒のシャツを着せられる。みんな同じように、『平均』を良くも悪くも越えたものは罰された。
ある日の能力テストで頭が良すぎると怒られる女の子を見た。彼女の諦めたような死んだ目を見て、恐ろしくなった。
先生がいなくなって、すぐに俺は彼女の元に行った。彼女は俺を見て、失っていた感情を取り戻すようにくしゃりと顔を歪ませた。
「褒められると思って、私、……っ、頑張っただけなのよ。」
そう言ってがむしゃらに泣く彼女に、俺は何も言えなかった。
どうして、得意なことを否定されなければいけないのか。同じであることにその時、疑問が生まれていた。
その日から、俺はなんでも必要以上に上手くやってみせた。なんだって他のやつより頭一つ秀でてやった。それは俺なりの皮肉な仕返しだった。お前達の正解を見下してやろうと俺は躍起になって、反対に彼女はそれ以降目立ったことはしなかった。
当たり前だが施設はそれを良しとせず、俺は今までより厳しく躾られた。そのうち聞かないと痛みで教える方法をとられた。鞭を振るい、抵抗できないこちらをいたぶって遊んで、お前が悪いのだと罵る。そんなのは教育でもなんでもないじゃないか。あまりに酷い仕打ちに諦めそうになった時頭を過ぎったのは、頭の良い少女の死んだような目だった。
ーーーそうだ、屈してはならない。こんな、理不尽を、俺だけは許してはならないのだ。
もう一度鞭が振るわれた時、俺は縛られた状態で足だけの力で立ち上がり、そのまま上体を捻る反動を使って『先生』の頭を蹴り飛ばした。体の動かし方は小学生で無茶ばかりしていたおかげで他より上手いと自負している。蹴り飛ばされた先生は目を怒らせて足元の椅子を蹴り飛ばした。
「この糞ガキが!!!」
唾を飛ばして叫ぶ男は今までの半笑いの表情を崩して目を剥いて暴れ出す。これが本性だと知って、俺は安心して、思い切り軽蔑したのだ。ただの自尊心の高い馬鹿でよかったなんて考えて、無駄に優れた身体能力で其奴をやっつけた。
その後、白目を剥いて倒れる先生と手枷を外そうと四苦八苦する俺を見つけた他の職員の人は真っ青になっていた。
そして俺は、先生が変わる度頃会いをみてそいつらに挑んだ。倒す度に強くなる相手との戦いに何時からか快感を覚えていた。そうやって戦うことが当たり前になりかけていた時、突然俺は倒れた。
とうとう、毎日出ていた食べ物にクスリを混ぜられていたらしい。体が痺れるだけで後遺症は無いと新しい『先生』は笑った。
その笑顔を見て、俺はその時初めて絶望したのだ。
信用できるものなどこの世にはない。全て、権力の前には無力で、ただのすばしこい馬鹿なガキにできることなどこの程度なのだ。世界はそうやって、変わらずに、誰かの悪あがきが揉み消されて周り続けるのか。強く唇を噛み締める。誰も、味方など居ない。ただ戦うことしかしなくて、説得も観察も情報収集もしなかった馬鹿な俺に、助けなど来ない。全て自業自得だろう。それでも。
愉しげに俺の体を踏みつける男を全力で睨んで、精一杯低い声を振り絞った。
「壊れちまえ、こんなクソッタレな世界なんか、てめぇなんか、なくなっちまえばいいのに……!!!!!!」
ーーーー爆発音は、俺の心からの叫びに応えるように腹の底に響いた。
「なあ少年。世界をなくしちまうより先に、できることはあるぜ。」
良く通る声は、土煙の向こうから俺にはっきりと向けられていた。
薄花色の髪はざっくばらんに切られていて、長い後ろ髪は一つに緩く括られている。スラリとした長身と、蛍光イエローのパーカーに7分丈の黒いズボンという何とも派手な格好が印象的だった。口元に浮かべる自信満々な笑みは、まるで陽だまりのようだと思った。
「だからおいで、少年。」
優しい声に泣きそうになりながら手を取ったのが、兄貴との出会いだった。
*****
それからは生きるのが楽しかった。
「トラ!!!あーーさーーだーーぞーーー!!!」
兄貴は朝が苦手な俺を毎朝全力で起こしに来た。揺すられポンポン投げられ背中におぶわれ、好き勝手に揺り起こす。しまいには俺が寝たまま食堂に連れて行かれたりした。さすがにその時はキレた。
更に、小さいが俺の部屋を作ってくれて、俺にお下がりのつなぎをたくさんくれた。少し古いが綺麗な色とりどりのそれを、「好きに飾れ!」とアレンジできる様々なものと共に渡してくれて、俺はその中から衣類用のペンキで柄をつけたり、絵を描いたり描いてもらったり、ビシャビシャぶっかけたり、違うつなぎを組み合わせて縫ってもらったりして言われた通り好きなようにした。
俺はそれが楽しくて、そしてみんなはそれを褒めてくれた。俺はデザインするのが好きになって、そのうち周りのみんなの服のデザインを手伝えるようになった。服を作るのも、髪を弄るのも楽しくて思わず夢中になった。兄貴はそれを見て、「お前は天才だなあ!」と太陽のように笑って頭をぐちゃぐちゃに撫でた。それがすっごく嬉しかった。
そしたらそのうち、兄貴以外のトップ4人にも会えるようになった。
「おはようさん、トラ!相変わらずかいらしいなあ~!」
「うん!確かに猫に似た毛並みだ!!!」
そう言いながら俺の頭をよく撫でるのが京都出身の來志さんと身元不明の雅さんだ。どちらも俺を面倒見てくれる良い人だが、特に來志さんはすぐ俺をからかって遊ぶからちょっと苦手だった。逆に雅さんは全力で遊んでくれるから好きだ。
「何が猫に似た〜だ。全然似てないじゃん。」
「とらーーー!!!いないいないばあ!!」
後ろを気配無く通りつつ不機嫌そうに会話に参加するのが寒さん。彼は基本的にいつもむすっとしているが、悪い人では無い気がする。そして俺に体当たりしてくる無邪気な笑顔の人がアインツさんだ。アイくんと呼んでと言われている。嵐のようで好き放題しまくるが憎めない人だ。
彼等が俺のところに来る時は、遊んでくれる時の他にデザインの話をしに来る時だった。
服や帽子、更には施設内のことに及んで適当に話をすることが多かった。それは取り入れられたりられなかったりしたが、お前は自由な意見を述べてくれればいいとみんなが口を揃えて言ってくれた。取り入れられたらすごく嬉しかったし、そうじゃない時はどこでその考えに至ったのかを考えた。自由な意見を求める彼等に聞くのはなんだか忍びなくて、少しだけある古本の中から建設関係や衣服関係を引っ張り出してみたりもした。人生いい方向に進めているという自覚があって、毎日が楽しかった。
そんな時だった。俺が、『平等の最終形態』の救出作戦に飛び出したのは。
作戦は、俺が施設の中に忍び込んで外で時間稼ぎをしてもらっている間にクローンを説得、彼らに世界を知って貰うことだった。その後の救出は彼等が混乱しないことを確認してからにするということで、とりあえず違う人間を認知させ、理解してもらうことが第一段階だった。
「いいか?お前だけは絶対誰にも気がつかれてはいけないんだぞ。俺たちは外で騒ぐが、お前は痕跡を一切残さずに彼らに接触し、会話をするんだ。お前にできるのか?」
寒さんが眉根を寄せて俺をじとりと睨む。中の警備は頑丈で、本当は体が柔らかく猫のように動く寒さんが行くはずだった。けれど寒さんも身長はひょろっと高かったから、それなら俺がいいんじゃないかと白羽の矢が立った。
「やってみせるさ。生きるためにつけた筋肉だ。」
自信はあった。実際、忍び込むまでは完璧だったのだ。俺はたしかに期待に応えた。
ーーーー途中までは。
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