少年Bの懺悔

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やっと会えた実験体の一人に俺は色々な話をした。教えろと言われていた世界情勢の話より、ファッションの話や個性豊かすぎる仲間達の話のが盛り上がった。彼が教えてくれた見つかりづらい部屋は布団の部屋で、ふわふわで気持ちが良い布団に転がって好きな物の話をするのは正直ちょっと楽しかった。 「すごく、素敵だね。僕らはみんな一緒だから。なんだか信じられない。」 たどたどしく言葉を選ぶ彼は、自信なさげにそう言ってから、でも、と言葉を繋げて顔を上げた。その手がそうっと俺の金髪に触れた。それから俺の頬を撫でて、嬉しそうに微笑む。 「こんなに綺麗な君がいるから、納得できる。」 それにちょっとむず痒い気持ちになりながら、そっか、とだけ返した。綺麗とか言われるのは初めてで、なんと言えばいいのか分からなかったのだ。 「横並びで同じであることが正しいって、そればかり教わって、他の人達が身長ばらばらな事とか、みんな顔を隠していることに疑問も持っていなかった。けど、そうだよね。みんな一緒なら、僕らの番号だって必要ない筈だ。」 誰が誰でも一緒なら、個人を識別する必要も無い。それに気がついたらしい彼の瞳は少しきらきらと輝いて見えた。生まれた時からこの箱で教育を受け続けたのに、俺を見たとはいえ簡単に現実を受け入れる柔軟さに驚かされる。出会ったのが彼で良かったと、俺は心の底から思った。 「これをさ、他の仲間にもこっそり教えて欲しいんだ。個性があっていいこととか、今国がどうなってるかとか。」 そう言えば、彼は少し困った顔で頷いた。なにか不安でもあるのかと問えば、彼は困り顔のまま笑って、恥ずかしそうに零す。 「個性なんかない僕が言って、伝わるのかが不安なんだ。空っぽな僕の言葉を、同じとはいえ別個体の彼らが信じてくれなかったら、僕はどうなってしまうのかと考えてしまって。」 その切なげな瞳に、思わず肩を掴んだ。 「自分なんか、なんて言うなよ!」 その黒濡れの瞳が光を取り込んで淡く輝くのが美しいことも、色白な肌が透き通るようなことも、柔らかい表情も、心地よい声色も、全部素敵だと気が付かないことがじれったくて、でも幼い俺はそれをなんと言葉にすれば良いのかわからなくて、ただまっすぐ彼を見て、纏まらないまま言葉を紡ぐ。 「空っぽだっていいじゃん、これから何にでもなれるって事だから。俺は、会えたのがお前で良かったって思ってるよ。だから、どうか自分を悪く言ったりしないでよ。」 伝わらないのが悔しくて、少し声は迷いの色を滲ませた。けれど俺は笑った。頭に浮かぶのは、怒りと絶望に染まった思考を一気に晴れさせたあの笑顔と、高らかで温かい声色。 「個性を認めるって、一人一人を愛することだって。これ、兄ちゃんの受け売り。」 彼は真っ黒な瞳をまん丸にして、それから花咲くようにぱっと笑った。ありがとう、なんて言う彼はきらきらして見えて、俺も嬉しくて笑った。世界を救う作戦だとか、生物兵器だとか、なんだかどうでも良くなってしまうくらい彼が心から嬉しそうに笑った事が俺にとっても嬉しかった。 「なあ、俺と友達になろう!」 言葉はすんなり出た。彼はぽかんとしたまま「ともだち、」と俺の言葉を繰り返して、それからまた嬉しそうに笑って大きく頷いた。 「じゃ、よろしく!俺の名前は、」 上機嫌のまま握手しようと手を伸ばして、言い忘れていた名前を名乗ろうとした。 ーーーーー瞬間、俺の手は切り落とされた。 一瞬理解出来なかった。握手しようと出した手は、いつの間にか俺と友達の間にポトリと落ちていて、真っ白な布団に真っ赤なシミを作っていた。みるみるうちに目の前の彼の顔が真っ青になっていく。 「は、?」 声を出した瞬間、強い殺気を感じて後ろに跳んだ。布団のせいで着地した瞬間バランスを崩した。俺がいたところには弾丸が打ち込まれていて、打ち込まれた方向に目星をつけて振り向く。そこには、さっきまで空いていなかった小さな小窓と、影が一つ。 「18番。野良猫とおしゃべりとは、随分いい趣味じゃあないか。」 真っ白な服に、黒い長い髪を三つ編みにした男がゆったりと話した。腰には刀がぶら下がっていて、他の職員とは仮面の様子も、佇まいも、段違いだった。 背筋が凍って、本能が逃げろと告げる。鳥に似たその仮面のモチーフがなんだったのか知らなかったが、あとから日本の妖怪である烏天狗だと調べて分かった。 「手、が」 18番と呼ばれた彼は震えていた。震える手で、俺の落ちた手を拾いあげようとしている。俺は周りをもう一度見渡す。俺の腕を落としたのはこいつで間違いないだろう。しかし銃は屹度こいつではない。銃を隠している可能性も無くはないが、鳥男なら殺気を隠す事など容易い筈だとふんでいるからだ。つまり、敵は最低でも二人。 そして十中八九彼等の狙いは俺。18番は殺されまい。しかし、脱出するにも一番大きい扉には鍵をかけてしまったし、小窓はあれ一つだけで、あそこからスナイパーが狙っている可能性が高い。この友人は戦闘には向かないだろうし、何より仲間にこの話を伝えて貰う必要がある。 「心配すんな。お前は早く行け」 ベルトを外して腕に巻く。すっぱり斬られた腕の痛みは後からガンガンと俺を襲う。そして、手首から上が無い感覚の気持ち悪さに寒気がして、肩が震える。それでも彼を見て俺は笑った。 「で、も」 「大丈夫」 彼の未来を、信じるのだ。 「俺はトラ。また会おうな!」 瞬間、斬撃が俺を襲って、俺は残った片手を軸に体を捻る。視界で揺れる銀色の刀身を見切りながら、相手の位置から太刀筋を予測して舞う。三つ編み野郎は手を止めないままへえ、と面白そうに呟いた。 「片手を失っている割に素晴らしいバランスと身体能力だ。その幼さでこれじゃあ、期待できるね。」 震える18番の近くに降りてきた三つ編みが俺の切り取られた手を拾い上げる。その断面にカチリと謎の透明な器具をはめた奴は、トラくんだっけ、と俺を呼んだ。 「取引しないかい?」 俺がその意味を理解する前に、三つ編みは躊躇いなく18番の首元に刀を滑らせた。しゃがんでいた彼は驚いたように尻もちをついて、それから現状を理解してひっ、と声を上げる。 思わずそちらに踏み出せば素早く手で制された。俺は舌打ちして三つ編みを睨む。三つ編みは緊迫感のない口調で、また俺をトラくんさあ、と呼ぶ。 「何か勘違いしてるようだけれど、僕は別に彼を殺してしまってもいいんだよ?足りなくなったらまた良いし、同じのは現に沢山いるんだから。」 18番が大きく目を見開いて、真っ青な顔で三つ編みを見た。お面で表情は見えないが、その飄々とした口調と仕草が彼を軽んじていることを示していて、一気に頭に血が昇った。 「てめぇ……」 「おお怖、そんなに睨まないで。ここからが本題だ。」 片手の拳を力いっぱい握り締めると、やれやれと言いたげに肩を竦めた男は細身の長身を折り曲げて座り込んだままの18番の顎を刀を添わせたまま撫でた。小さく震える18番の絶望した目が俺を捉える。緊張で唾を呑めば、ゴクリと喉が大袈裟に鳴った。 「君、僕らと一緒に来なよ。」
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