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一蝶(2)
思えば冬という季節は、香りの少ない時間ではないだろうか。
だからこそ、数少ない花の香りが際立っていたり、普段気付かない乾いた空気の匂いによく気が付く。
僕がその香りを見つけられたのも、案外に容易いことだったのかもしれない。
くじ引きで負けた年末の部室大掃除。僕はメンバーに暖かく(しるこ缶などを飲みながら)見守られる中、せっせと集めた大量のごみを両手と脇に抱えて、当時はまだ稼働していた大学の焼却炉へと向かった。さすがのごみの量に「手伝おうか」と申し出てはくれたが、なんたって外は木枯らしが吹いていて寒いし、僕にも負けた意地みたいなのがあり、丁重に断った。代わりに薬缶に湯を沸かしておいて欲しいと頼む。戻った後、暖かいインスタントコーヒーが飲みたかったのだ。
僕がその香りを見つけたのは、焼却炉へ続く道の途中だ。炉はもちろん外にあるのだが、教室のある棟から焼却炉に最短距離で向かおうとすると、一度建物の中を突っ切ることになる。親切に通り道に入り口があるわけではないので、歩いて行った先の窓を開けて中に入るわけだが。
開いた窓から零れたのは、一蝶のマフラーの香りだった。大掃除の季節だから、きっと一蝶もごみを持って歩いていたのだろう。ミントブルーのマフラーが、木枯らしから彼女の白く細い首を暖かく守ってくれている様子を思い浮かべた。もしかして、彼女もこの窓を開けて建物を突っ切ったのだろうかと思うと、僕は自然と笑みを浮かべてしまった。
一蝶に会えるだろうことをそこはかとなく楽しみにしながら、僕は焼却炉に辿り着いたのだが、果たしてそこには誰もいなかった。
肩透かしを食らったような気分だ。そうか、当然のように向かっている想像をしていたが、とっくに帰ってしまった可能性もあったのだ。
そりゃそうだな、と炉の前で手に持っていたごみを置く。蓋を開けて大量のごみが入るだろうかと中を覗き込み、
────── 目が合った。
焼却炉の中で頭を下に、重力に逆らわない足が軽く織り込まれながらも壁に沿って上へ這う。
普段の彼女からなら到底想像できない体勢だが、炉に頭から落ちたらそうなるだろうなと思えば自然な形で、一蝶がそこにいた。
薄くぼんやりと開いた黒目がちの目はずっと僕を見上げていたが、その双眸が二度と柔らかに弧を描かないことを、僕は薄々悟り始めていた。
だが。
僕はそれよりも、もっとずっと、強い違和感を覚えていたのだ。
彼女の体勢ではない。
マフラーだ。
物言わぬ一蝶が巻いているいつものミントブルーのマフラーに、僕は強く眉を寄せた。
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